宮崎吾朗が語るリンドグレーン~ミッシェル、ピッピ、そしてローニャのこと
「スウェーデン映画祭2015」が大盛況のうちに終了しました。開催期間中は、上映作品にまつわるさまざまな著名人がトークゲストとして来場。アニメーション映画監督の宮崎吾朗さんは『いたずら天使ミッシェル』上映後に、原作者である児童文学作家・リンドグレーンについて語りました。リンドグレーン原作のTVアニメーション『山賊の娘ローニャ』(NHK BSプレミアム)を演出した宮崎さんから見た世界的な女性作家の姿とは? 幻の宮崎駿作品“長くつ下のピッピ”の話題も飛び出したトークショーの模様をお届けします。
リンドグレーンという人は
隠さず描きますよね
――スウェーデンの村に住む、好奇心旺盛な少年の奮闘を描く『いたずら天使ミッシェル』。ご覧になっていかがでしたか?
いま、こういうものは作れないですよね。これを、いまの子どもたちに置き換えて作ろうとしてもできないと思います。生活そのものが変わりすぎてしまって、子どもの日常を描こうと思っても、こういう豊かさがないといいますか。『~ミッシェル』はかつての高畑勲監督の、例えば『アルプスの少女ハイジ』に通じる演出のされ方ですよね。だから、本当に子どもに見せても安心です。
『いたずら天使ミッシェル』
――観ていて、懐かしい感じがすごくありました。
いまだと、“子ども向け”といわれていても表現が過激だったり、畳み掛けるようなスピード感があったり…。だから、この作品を観ると非常にのんびりした感じを受けます。それでも、ラストの“吹雪のシーン”は観客を引き込むような力があります。一方でリンドグレーンという人は、子どもが世間でどう扱われているのか包み隠さず描きますよね。
子どもの頃に見た
“ピッピ”のイメージボード
――スウェーデン映画祭では同じくリンドグレーン原作の『劇場版:長くつ下のピッピ』も上映しました。『幻の「長くつ下のピッピ」』(岩波書店刊) によれば、’71年ごろに宮崎駿監督らが“ピッピ”を一度映像化しようとスウェーデンに行かれたとか。
ええ、宮崎駿と当時の東京ムービーの社長と、二人でスウェーデンに行くことになって。それが宮崎駿の最初の海外旅行だったと聞いています。“ピッピ”については、宮崎駿の描いたイメージボード(アニメのシーンなどを絵にしたアイデアスケッチ)が自宅の書斎にほったらかしになっていたので、子どものころからずっと見ていましたよ。
――本の中では高畑勲監督が“ピッピ”のアニメーション化について「いま自分がやりたいとは思っていない」と仰っていますね。
当時は皆、30代の若者たちですから。子どもたちに向かっていいものを作ろうという野心があったんですよね。その時だからこそ、出てきた企画です。でも、“ピッピ”が実現できなかったおかげで、僕らは『パンダコパンダ』や『アルプスの少女ハイジ』を見ることできたので…。だから、まあ…、結果的には作らなくて良かったんですよ!(会場、笑い)
――『幻の「長くつ下のピッピ」』の中でも紹介されていますが、“ハイジ”がブランコに乗って、すごい俯瞰で降りてくるシーンはこの“ピッピ”の時にイメージされていたそうですね。
それで、『パンダコパンダ』のミミちゃんというキャラクターは、まさにこのピッピから来ていますからね。そういう意味では、“考えたけど実現しなかったアイデア”っていうのは、必ず後で、どこかに生きてくるんだと思います。
リンドグレーンが
本を通して書き続けていること
――リンドグレーンは作品が映画化されるときは、制作にすごく関わったと聞きました。監督も『山賊の娘ローニャ』を制作されましたね。
僕が聞いた話だと、リンドグレーンという人は自分の作品が映像化されるときは、必ず自分でシナリオを書く。そうでないと映像化を認めないということを、ずっとされていたそうです。リンドグレーンさんはもう天国にいらっしゃるので、『~ローニャ』のことはお孫さんたちと話をしました。原作に忠実に作ることが、先方からの一番強い要望でした。
――あるTV番組の中で、監督がローニャを描くにあたって「同調圧力に屈しない、自分の気持ちに正直に生きる人を描きたい」と仰っていたのが、すごく印象的でした。
いまの世の中って“ちゃんとしなきゃいけない”っていう言われ方が多すぎると思うんですよね。大人の世界もそうですし、子どもの世界も、もちろんそうだし。なんというか、狭いところに閉じ込められて、精神的なゆとりがないわけです。いじめの問題もそういうことと関係があると思います。もう少し、勝手にやってもいいだろう、かつてはそうだったじゃない、みたいなことを何らかの形で表現してみたいなと思ったんですよね。
――いろいろとリンドグレーンの作品を読まれたとのこと。『山賊の娘ローニャ』はアニメーション作品になりましたが、他に感銘を受けたり、映像化してみたいものはありますか?
『わたしたちの島で』という作品があるんですけど、僕はそれがすごく好きで。お父さんと4人の子どもたちが島に古い別荘を借りて、そこでひと夏を過ごす。それだけの話なんですけど、それがとても良いんです。こういうのがやれたらいいなと思いました。
――大きな事件も起こらず、淡々と…?
淡々と進んでいくんですけど、その家族のありようとか、子どもの描き方とかがすごく良かったんです。後で知ったのですが、『わたしたちの島で』は、TVドラマ用にリンドグレーンさんがシナリオを先に書き起こして、その後に小説化したものだそうです。なるほどそれで、映像作品向きなお話になっているのか、と感心した覚えがあります。小説も脚本も、両方やられる方だったということですよね。だから、お話を書かれている時も、かなり具体的な、映像的なイメージが頭にあって、それを文字にしている方なんじゃないかな、と思いました。リンドグレーンさんって、“「子ども」であったとしても、それは一つの人格だから尊重しなければいけない対象なんだ”っていうことを、ずっと本を通して書いている人だと思うんです。大人が理想とする“子ども”とは違う、そのままの素晴らしさがあると。
――本もアニメーションも、子ども向けの良質な作品って、どんどん減っていっているのかなと思います。
やっぱり大変ですよね。子ども向けに作ろうと思うと。 “僕も大人だけど子どもだよ、君たちと一緒だよ”って姿勢で作った方がたぶん楽だと思うんですよ。でも、リンドグレーンという人は“自分が大人である”ということは絶対に変えないわけです。『~ミッシェル』の中に出てくる大人たちを見ても、みな大人であるということは揺るぎないですよね。子ども向けにきちんと作るということは、「逆に、あなたはちゃんとした、立派な大人なの?」って問われている気がします。
* * *
トークショーを終え、拍手の中、上映会場を出た宮崎吾朗監督。これでイベントも終わり…と思いきや、なんとロビーでは別れを惜しむ観客の皆さんとのプチ交流会が発生! 終始和やかな雰囲気で、この日の上映会&トークショーは幕を閉じました。
宮崎吾朗(みやざき・ごろう)●’67年東京生まれ。都市緑化計画にまつわる建設コンサルタント、三鷹の森ジブリ美術館の館長を経て、’06年『ゲド戦記』でアニメーション映画を初監督。’14年『山賊の娘ローニャ』でTVシリーズ初監督を務めた。
スウェーデン映画祭2015
http://sff-web.jp/
【info】
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日本映像翻訳アカデミー
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