映像翻訳は難民のために自分ができる一番の支援 映像翻訳者 先崎進さん
JVTAはUNHCR難民映画祭を字幕制作で毎年サポートしています。翻訳をしているのは、映画を通じて難民問題を多くの人に知ってもらいたいという趣旨に賛同した修了生の皆さんです。翻訳者としてデビュー以来、毎年この映画祭に関わり、今年で4年目を迎える先崎進さんもその1人。先崎さんは今年、来年2017年に日本で劇場公開が決定している話題作『ソニータ』を担当しました。この作品は、タリバンから逃れるためにアフガニスタンからイランへ逃れ、ラップ・ミュージシャンを目指す少女を描くドキュメンタリーです。そこで今回は先崎さんに、難民映画祭への想い、翻訳者として伝えたいこと、『ソニータ』の見所などを聞きました。
◆映像翻訳は難民のために自分ができる一番の支援
映像翻訳者 先崎進さん
●難民映画祭は映画を訳す貴重な経験
難民映画祭に携わった最初のきっかけは「映画を訳してみたかったから」。自分の翻訳の技術もまだまだ未熟だと感じるなか、デビュー1年目はどんな仕事でも受けて経験を積むことが何よりも大切だと考えていました。仕事をこなさないことには翻訳の質もスピードも上がらないからです。ボランティアとしての仕事ですが、私に映画を訳す貴重な経験を与えてくれたのがこの映画祭です。
●映像翻訳は難民のために自分ができる一番の支援
この映画祭で取り扱うのは主に実際の難民の姿を映したドキュメンタリー作品です。作品を通して初めて知る事実や内容も多く、訳していていたたまれない気持ちになります。自分一人の力では彼らの困難な状況を変えてあげることも、経済的な支援をすることもできず、無力な自分に腹が立つ時さえあります。しかし、テレビやニュースなどでは報じられない難民の人たちの現状や実際の声を、映像翻訳を通じて日本の視聴者に届けることが自分にできる一番の支援ではないかという思いでこの映画祭の翻訳に毎年参加しています。
●チーム翻訳は同じ志を持つ仲間から学べる最高の機会
難民映画祭では複数の翻訳者がチームを組んで翻訳作業を進めます。具体的には作業する人数に応じてパートを振り分け、1人あたり12~15分ほどの尺を訳します。翻訳者として少し経験のあるリーダー、サブリーダーが作業スケジュールの管理や相互チェック作業などの全体のとりまとめをおこない、納期までに1つの作品に仕上げていきます。私はリーダーを担当していますが、各パートを訳してつなぎ合わせるだけでは、表記やトーン、解釈や翻訳の質もバラバラなので作品としては未完成です。各パートが出そろったら全編を通して翻訳者全員で徹底的に意見を出し合い、さらにリライトを重ねていきます。チーム翻訳では、「自分のパートの訳文を出したら終わり」ではなく、チームメンバー全員で1つの作品を送り出すことを強く意識しています。時には自分の訳文について厳しい指摘を受けることもありますが、同じ志を持つ映像翻訳者さんたちから学べる最高の機会と言えます。
●たった1カ所でも翻訳に不備があると作品を台なしにしてしまう
映画で大切なのは観る人が“作品に没頭できること”。たった1カ所でも翻訳に不備があると、観客は現実に引き戻されて作品を台なしにしてしまいます。観客がこの作品を見るのはたった一度ということが多いはずです。だからこそ会場に足を運んで来て下さる方の心に残るように“最高の訳文を作ろう”と心に決めて、仕事に臨んでいます。4~5回の訳文のリライトに加え、全編にわたって誤字脱字・表記ゆれのチェック、ハコ切りのIn/Out点・カット変わり処理も全部のハコでチェックします。例えば90分の作品なら1000枚以上のハコになるので本当に気が遠くなりそうな量です。しかし、「あとで誰かが直してくれる」という甘えは捨て去り、自分たちにできることをすべてやるしかありません。
●多くの人たちが作品を分かち合えるようになるなら、どんなに大変でもまたこの仕事をしたい
上映作品の多くは有名な俳優さんが出演しているわけでも、お金をかけた演出や宣伝をしているわけでもありません。しかしながら、どの作品にも見入ってしまうような力があるのは、真摯でまっすぐな思いが込められているからだと思います。翻訳をしていて、作品で映し出されている人たちの心から訴えている言葉や切実な思いが、不意に自分の心と重なり胸の奥がギューッと締めつけられる感覚に襲われる時があります。そんな時は自然と涙があふれてきます。彼らが懸命に訴えかけようとしている言葉に耳を傾けて、その思いを私たちが心で感じることが支援の第一歩ではないかと思うのです。言葉や文化、宗教の違いがあっても悲しみや怒り、喜びに違いはなく、心の通った同じ人間だと感じていただければ、彼らの熱意や誠実さが人の心を動かし、やがて困難な状況をよりよい方向に変えていく力になると私は信じたいです。
前年の映画祭では実際に劇場に足を運んだのですが、上映が終わって会場をあとにしてもなお、作品についての感想を熱心に語り合っている人たちを見て、この仕事を受けて本当によかったと感じました。ほとんどの方はたぶん誰が訳したのか、訳すのにどんな苦労があったのかなんて気にも留めていません。でもそれでいいのです。私たち映像翻訳者が作った言葉によって多くの人たちが作品を分かち合えるようになるなら、どんなに大変でもまたこの仕事をしたいという大きな充実感が湧いてきます。
●生々しい映像が衝撃だった『ヤング・シリアン・レンズ』
これまで特に印象深かったのは、昨年に担当した『ヤング・シリアン・レンズ』というシリアのメディア・アクティビスト(ソーシャルメディアを通じて社会変革や国際社会の支援を訴える活動家)を描いたドキュメンタリー作品です。作品の撮影中に実際にアレッポの町が爆撃を受けたり、人が黒焦げになって亡くなったりといった生々しい映像が衝撃的でした。アクティビストの1人が最後に語っていた「いつか写真展を開きたい」という言葉が今も心の片隅に残っているのですが、その思いが実現したのか今も気になりますね。
ヤング・シリアン・レンズ 2015年上映作品
© Ruben Lagattolla
●『ソニータ』で映画の持つ力を感じてほしい
「難民」というテーマだけを聞くと何となく「遠い国で起きている重い出来事」という印象を受けるかもしれません。でも実際に翻訳に携わってみると難民映画祭では深刻な問題を取り上げながらも「家族への愛」や「人間の優しさ」「未来への希望」が描かれた作品が多いと感じています。今年の上映作品『ソニータ』もそんな作品の1つだと思います。
『ソニータ』
© Rokhsareh Ghaem Maghami
アフガニスタンの悲しい現実を映し出しながらも、夢に向かって努力し続けるソニータ、困難な状況の中で生まれた小さな希望を懸命に守ろうとする周囲の人たちの姿がとても印象的でした。本当に力強い作品です。映画が持つ力をぜひ感じていただきたいです。
『ソニータ』
© Rokhsareh Ghaem Maghami
あまり知られていない事実ですが、作品の中で登場する児童保護センターの建設などに日本の外務省を通じて援助が行われ、難民の子どもたちのための教育福祉プログラムはUNHCRなどの支援によって行われています。私たちの税金や寄付がこのような形で活かされているということもぜひ知っていただければ幸いです。
皆さんも難民映画祭にぜひ足を運んでみてください。
◆第11回UNHCR難民映画祭
http://unhcr.refugeefilm.org/2016/
◆関連記事
・UNHCR難民映画祭プロジェクトマネージャー 今城大輔さんに聞く 今年の見所と難民の現状とは?
https://www.jvta.net/tyo/2016nannmin/
・【 難民映画祭:日本映像翻訳アカデミー 藤田奈緒さん】
※当校の同映画祭担当の藤田奈緒ディレクターのインタビュー記事を掲載して頂きました!
http://unhcr.refugeefilm.org/2016/interview_fujita_nao_san/