不惑のjaponesa(ハポネサ)マドリード、映画あれこれ
■ スペイン映画の勉強で参りました…
2012年1月に渡西して、3月に国際交流基金マドリード事務所の震災映画特集のお手伝いが終了。日常生活や大学での授業にもリズムをつかみ始め、私の生活はスペイン映画一色に転じつつあった。
そもそもスペイン映画の「研究」という名目でスペインに滞在しようと企み、40歳を過ぎて運よく実現することができた。そんな稀有な機会に恵まれたが、生かすも殺すも自分次第。監視する他者はおらず、堕落の道に転がり込もうとする自分を制止できるのは自分のみ。と、自らに言い聞かせ、こっちにおいでと手招きする雰囲気のいいレストランやバルにはフラフラと立ち寄らないように自重した。
では、その「研究」、つまり映画の探求はどこで実践したのか?
■ スペイン社会はコネ社会
公的な機関に出入りするには、身分や理由も明確であることは重要だが、スペインにおいてはもっと重要なことがある。それは、「コネ」である。
キーパーソンを見極め、ボタンの押しどころを間違えない、そしてその人を何らかの形で知っていることが、道を分けるのだ。今回のスペイン滞在で研究をするにあたり、不可欠な機関があった。それは国営のフィルムセンターである「Filmoteca(フィルムモテカ)」。スペイン国内の映画を保管・保存する、言わばこれまでのスペイン映画の上映プリントや書籍の収集・修復・保管・保存を担っている国の機関だ。多くのスペイン映画研究者や映画・メディア関係者が出入りし、そこで作品を観たり、書籍を読んだりして活用している。
私の場合、観たい作品の多くは1950~70年代の作品であったため、町の図書館やレンタルビデオ店には鑑賞できる作品が少ない。それ故、この機関へのアクセスは今回の留学の成果を左右するものと言っても過言ではなかった。
渡西する1年前、旧知の友人たちが運営する日本映画専門サイトで「スペイン在住の日本映画研究者」をまず3名見つけた。「Filmoteca」の担当者を紹介してもらうためだ。そうして紹介してもらった担当者に向けて、弱気な私は英語で依頼分を書いてはみたものの「英語はわからないからスペイン語で書いてくれ」という回答。仕方なくつたないながらも懸命にスペイン語で紹介者名や研究の意図、内容を伝えると、今度はすんなりと引き受けてくれた。「えー、そんな簡単でいいの?」と、逆にこちらが心配になるほどシンプルに事は運んだ。人の紹介というのは大事だ。もしもホームページにあるメールアドレスから直接英語で依頼分を書いたとしても、きっと返事は来なかっただろうと思う。
■「Filmoteca」にお邪魔しマース
この連載の「第12回:マドリード、映画あれこれ その1」で紹介した国営の映画館「Cine Doré(シネ・ドレ)」から徒歩5分のところに「Filmoteca」はあった。東京・京橋にある「東京国立近代美術館 フィルムセンター」のようなガラス張りの近代的な建物をイメージしていたので、古い石造建築のシンプルな門構えにちょっと戸惑う。敷地面積は広そうだ。
「Filmoteca」の表看板
重厚な石造りの「Filmoteca」正面口
ちなみに、「東京国立近代美術館 フィルムセンター」の所蔵フィルム数は、65,517(うち日本映画57,164、外国映画8,353)本である。(2012年3月31日時点、公式HPより)
一方「Filmoteca」は35,000(うちスペイン映画14,500、外国映画20,500)本である。
戸口を開けると、空港の保安検査所のような光景が目に入った。検査員と金属探知機、X線検査装置だ。「ほー、お国が違うと、ここまで徹底するんだ」と感心。でも、私が通った5か月間、実際にそれらを使って検査されたことが一度もなく、誰かを検査している様子も見たことはなかった。
受付のおじさんにアポがあることを伝えると、身分証明書の提示を求められる。ネームカードを渡され、3階へ行けとそっけなく伝えられた。なだらかな螺旋階段を上ると、昔のスペイン映画のポスターが壁一面に整然と貼られている。映画好きにはたまらない、至福の空間だ。担当者の部屋はその奥にあった。
Tさんというスペイン人女性が笑顔で迎えてくれた。事前に観たい映画のリストを送っていたので、彼女のデスクの上には用意周到にビデオが積まれていた。そのビデオを持って、10ほどある観賞専用のブースの1つへ案内される。電話ボックス2つ分ほどのスペース。ビデオプレイヤーとモニターが設置され、映画を集中的に観ることができる場所である。
VHS、ベータ、DVD、U-matic、オンデマンドと、時代の流れを反映したすべての再生方式で鑑賞できるようになっている。公的な施設なので当たり前なのかもしれないが、1つひとつのブースにそれらを備えた充実ぶりに深く感動してしまう。
じっくり作品を鑑賞できるブースが並んだフロア
Tさんの勤務時間が朝9時から昼2時までの5時間であるため、ブースの使用もその時間内に限られている。その後を引き継ぐ人員がいないのは、経済状況が悪いスペインらしい事情だが…。
その5時間をフルに活用するため、どんなに二日酔いがつらい日であろうが必死に通った。通い慣れると受付のおじさんやTさんとも仲良くなっていた。ハイキングにいくような気分で水やお菓子をバッグに常備するようにもなった。こう言うと驚かれるかもしれないが、「観る」という作業は結構な重労働である。健康状態や精神状態を毎日均一に保ち、水を補給し、たまに甘い物を食べて疲れた頭の緊張をほぐしつつ集中し続けることが大切だ。
大学の授業がない日や学期間の休みを利用して、2012年の3月から7月に帰国するギリギリまで「Filmoteca」に通いつめた。観た映画数は54本。スペイン滞在中に観た134本のうちの40%を占めている。
ここで観た作品の記憶が、2年後の今、私のキャリアとしてようやく活き始めたという気がしている。
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Written by 浅野藤子(あさの・ふじこ)
山形県山形市出身。高校3年時にカナダへ、大学時にアメリカへ留学。帰国後は、山形国際ドキュメンタリー映画祭や東京国際映画祭で約13年にわたり事務局スタッフとして活動する。ドキュメンタリー映画や日本映画の作品選考・上映に多く携わる。大学留学時代に出会ったスペイン語を続けたいという思いとスペイン映画をより深く知りたいという思いから、2011年1月から7月までスペイン・マドリード市に滞在した。現在は、古巣である国際交流団体に所属し、被災地の子供たちや高校生・大学生の留学をサポートしている。
【最近の私】仕事の関係で月の半分は沖縄滞在。ヤマトンチュー(本土の人)とは違うウチナンチュー(沖縄の人)の文化に興味津々です。
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