Vol.13
ニュートラルな村人たち
「これ、娘が買ったのよ!」
家の前に白い車が止まり、縫い子のおばさん、デーンさんが嬉しそうにやってきました。デーンさんとは、もうすでに7年越しの付き合いになります。仕事をお願いするだけでなく、世間話や人生相談などにも気軽につき合ってくれる、外見はもちろん、ハートも太っ腹なお母さんです。
そんなデーンさんには二人の子どもがいます。一人目は前夫との子で、二人目は今の夫の子。お父さんは違えども2人は大の仲良し。長女は大学卒業後、建築家として歩き始めています。家計が苦しくとも子どもを大学に行かせたい。そんな思いから、デーンさんは夜なべで働き、瓶や缶を集めて売って収入の足しにしてきました。にもかかわらず、そんな苦労を周囲の人々に見せることはありません。明るく元気なデーンさん。彼女だからこんな素敵な家族ができたんだなぁと、いつも感心しています。
そのようにして独立した長女が、家族4人で一緒に外食に行けるようにと、ローンで中古車を買いました。その車でやってきたのです。
■自慢の娘は“トムボーイ”!?
「えらいなぁ」とつぶやく私に向かって、「そうなのよ。いつも外食はバイクだったでしょ。これでみんなで一緒に行けるねって。そういう子なのよ。無駄な物は一切買わない節約家で、私は無理しなくていいよって言ってるんだけど、家にもお金入れてくれるの。あ、そうそう、今はガールフレンドと一緒に住んでるんだけどね」。
ガールフレンド・・・そう、長女は“トムボーイ”、いわゆるレズビアンなのです。
ご存知の方も多いと思いますが、タイはジェンダーフリーの先進国。外国のゲイやレズビアンのカップルも多く移住してきます。移住するほどだから、やはりここには居心地がいい環境があるのかもしれません。本人はさておき、親や家族はどういう気持ちなのだろう? デーンさんとの長話のついでに聞いてみました。
「で、デーンさんはレズの母としてどうなの?」
「どうもこうもなく、あの子はあの子よ。彼女はただ、女の子が好きなのよね」
その口調は、あっけらかんとしていて、本当に気にしている様子はありません。世間体など問題ではなく、娘のありのままの存在を受け入れているという感じ。
そういえば、数年前にある女性がHIVであることを同僚に打ち明ける機会に立ち会ったことがありました。その時も同僚たちは同情する気持ちをことさらに表現することなく、「へー、そうなんだ。大変だったら遠慮なく言って」と、サラっと受け止めたのです。そんなニュートラルな態度に驚かされたことがありました。あまりにもドライなので仲が悪いのかと思いきや、それがここでは普通の態度なのだと後で分かったのです。
マイノリティの人たちに対して余計なことを考えすぎたり、本心とは裏腹にちょっとおおげさに反応したり、世間体を気にしすぎたりしているのは自分の方なんだなぁ。あらめてそう感じました。もしも私がマイノリティの立場に立たされた時は、周りがそういう態度をとってくれた方が楽だろうなぁとも思いました。
チェンマイの村に住むのは、言葉も大変だし不便なこともいっぱいあるけれど、デーンさんのように何事に対してもありのままを受け止めようとするこの村の人々の懐の深さは、私の“心のギア”をすーっとニュートラルに戻してくれるのです。
追伸: その後、デーンさんが車でやって来た時、車の両側にそれぞれ大きな擦り傷がありました。「こっち側は私がこすっちゃって、あっち側が長女」。笑顔でそう話してくれたのでした。
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Written by 馬場容子(ばば・ようこ)
東京生まれ。米国大学でコミュニケーション学専攻。タイ、チェンマイに移住し、現在は郊外にある鉄工房でものづくりをするタイ人パートナーと犬と暮らす。日本映像翻訳アカデミー代々木八幡・渋谷校時代の修了生。
【最近の私】約3週間に及んだ夜外出禁止令が解除されました。発令された次の日は、学校が休みになったせいか映画館には子どもが多く、また、多くの家庭が外食を控えるためか、スーパーマーケットは普段より混み合っていました。街に出ればアーミー服を着て鉄砲を持った軍人が。彼らと一緒に写真を撮ったりする人も。最近では、タイ軍事政権トップのプラユット陸軍司令官が作詞した曲、『タイに幸せを取り戻す』が人気です。困難な状況が起きた時ほど国民性の違いが際立つもの。そんなことを肌で感じています。
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