「手を伸ばせばすぐ手に入る小さな楽園」
自他ともに認めるインドア派の私だが、実はこのところアウトドアで過ごすのにはまっている。といっても、急にサーフィンを始めたとか、山登りを始めたとか、そういう話ではない。何だかこのところ、無性に屋外でピクニックをしたい気分なのだ。
場所はどこでもよい。ちょっとした敷物と冷えたワイン、おつまみがあれば、いつもは通り過ぎるだけの近所の公園もたちまちリラックス空間へと変化する。不思議なのは、普段より目線が下がるだけで、五感が鋭くなったような気がすること。熱い太陽の日差しを頬に受け、時折吹き渡る風でかさかさと鳴る木の葉の音に耳を澄ます。敷物を通じてお尻の下に芝生を感じ、草のにおいを鼻いっぱいに吸い込む。身体全体で自然を感じながら、ほろ酔い気分の中、ゆったりと時が過ぎていく。
突如めばえたピクニック願望だが、きっかけは今年の初めのハワイ旅行に違いない。それまで旅行先としてリゾート地を選ぶことは滅多になかったが、父の退職祝いということで、私は30年ぶりにハワイへ行くこととなった。まず最初に訪ねたのはハワイ島。空港に降り立った途端、びっくりする景色が広がっていた。滑走路が真っ黒なのだ。そこら中にゴツゴツと溶岩が盛り上がっている。そう、ハワイ島は火山の島なのだ。空港からホテルへ向かう途中も景色はずっと変わらない。道路の両脇には溶岩がうねりまくっている。はるか昔から長い時をかけて自然が織りなした荒々しい光景を目にして、私はまるでビッグバンを生で目撃したかのようなショックを受けた。
2日目はハワイ島の5つの火山のうちの1つ、マウナケアへ。標高4205メートル、古代より聖地とされてきたハワイの最高峰だ。標高が高いので、途中で何度か車を止め休憩を入れながら登る。高度が上がるにつれ、だんだん身体が重くなり、心なしか息がしづらくなってくる。ハワイの歴史から星の話、地球誕生の話、ガイドさんの何とも壮大なスケールの話を聞きながら、ようやく富士山よりも高い山頂へ到着。ここから眺めたサンセットが素晴らしかった。ぐるりと360度、見渡す限りに空が広がり、刻一刻とその色が変わっていく。眼下一面にかかる雲の海にはマウナケアの影。東京での日常とかけ離れた大自然に囲まれ、私は心が洗われるような快感を覚えていた。
2日間のハワイ島滞在で大いなる刺激を受けた翌日、私はオアフ島の繁華街にいた。高級ブランドの路面店が立ち並び、世界各国からの観光客でごった返す様子は、東京の渋谷や新宿、銀座の街とそう変わらない。見慣れた光景のはずなのに、なぜか違和感。人混みの中で買い物をする気も起きず、しばらく車を走らせると、日本人に定番の観光地、モアナルア・ガーデンパークにたどり着いた。日立の「この木なんの木」のCMで知られるモンキーポッドのある公園だ。引き寄せられるようにして中に入ると、ほかにもたくさんの大木があちこちに生えている。公園内にほとんど人はいなかったが、1つのモンキーポッドの木陰でテーブルとイスを出し、くつろいで食事をしている老夫婦がいた。ワイキキ・ビーチの喧噪と対照的なゆったりした空気がそこには流れていて、2人を見て私はなぜかほっとしたのだった。
というわけで、東京に帰ってきた私は機会を見つけてはピクニックの真似事をしている。モンキーポッドの木陰のあの老夫婦に憧れて。ハワイまで飛ばなくても再現できるのだからお手軽だ。腰を下ろす場所と冷えたワインさえあれば、私だけの即席の小さな楽園が出来上がるのだ。
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Written by 藤田 奈緒
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[JVTA発] 発見!キラリ☆ vol.191 7月のテーマ:楽園
日本映像翻訳アカデミーのスタッフが、月替わりのテーマをヒントに「キラリ☆と光るヒト・コト・モノ」について綴るリレー・コラム。同じ目標を見つめる修了生・受講生にたくさんのヒントや共感を提供しています。