『躍る旅人―能楽師・津村禮次郎の肖像』の英語字幕を修了生が担当
ドキュメンタリー映画『躍る旅人―能楽師・津村禮次郎の肖像』(三宅流監督)が6月27日から公開されます。津村禮次郎さんは、国指定重要無形文化財(能楽総合)保持者でありながら、40歳をすぎたあたりからパントマイム、バレエなどさまざまなジャンルの若手アーティストとコラボレーションをはじめ、モスクワやハンガリーなど世界各地で能の公演やワークショップを行うなど、70歳を超えた今も精力的に活動しています。先日、この作品の三宅流監督と制作助手と英語字幕を担当した修了生の細谷由依子さんがJVTAに来校。お二人に作品の見どころや英語字幕の制作秘話を聞きました。
●作品の見どころを教えてください。
三宅監督「この作品は5年にわたり、津村さんの活動を撮影したドキュメンタリーで、舞台そのものの魅力はもちろん、リハーサルや舞台づくりの裏側といった津村さん自身のパーソナルな部分も紹介しています。パントマイムの小野寺修二さんやコンテンポラリーダンサーの小㞍健太さん、酒井はなさん、森山開次さん、バリのガムラン・ダンスグループであるWBスダマニなどとの共演という、古典的な能とは一線を画す新たな取り組みが見どころです。津村さんとの出会いは約10年前。私が撮った実験映画『白日』の上映で、その映画をモチーフにした舞のパフォーマンスをして頂いたのがきっかけでした。その後、津村さんが佐渡の朱鷺をテーマに地元の小学生が書いた作文を基に謡(うたい)を作り、和太鼓のグループ、「鼓童」らと創作能「トキ」を作る様子を追ったドキュメンタリー作品『朱鷺島―創作能「トキ」の誕生』を制作しました。この体験が基になり、本作が誕生したのです」
●能は敷居が高くていきなり生で観にいくのはちょっと勇気がいりますが、この映画は入門編としてお勧めですね。
三宅監督「そうですね。でも、国立能楽堂では前の座席の背面のモニターで現代語訳や英語の字幕を見られる公演もあるので、実は初心者にもお勧めですよ。舞が多いものであれば音楽を聴いて舞を観ているだけでも充分楽しめます。5000円、6000円くらいで鑑賞できるものも多いので、この作品がもっと気軽に能に触れるきっかけになればうれしいですね」
細谷さん「能には、『シテ』と呼ばれる登場人物による謡(うたい)や、コーラスのような地謡(じうたい)があるのですが、その声のトーンや抑揚も独特で、すばらしく魅力的です。私も能はそれほど詳しくなかったので英語字幕を作るためにリサーチを重ねたのですが、この作品を通じてもっと能について知りたいと思うようになりました。この映画を観た人はみんな津村禮次郎さんに魅了された!と言います。70歳を超えてなお、誰よりも高く飛び上がる軽やかな舞は必見です」
●英語字幕について教えてください。
細谷さん「今回初めて知ったのですが能に関する情報は、英語の詳細なサイトがあり、それを参考にさせて頂きました。それだけ、海外にも熱心なファンがいるということだと思うので、英語字幕をつけておくことは今後可能性が広がると思います。実際、先日フランス在住の方から、ぜひフランスで上映したいと言われた時もすぐに英語のプレスキットをお渡しすることができました。また、津村さんのご友人の中にも日本在住の海外アーティストが多いので、英語の資料や英語字幕付きの映像をお渡しできて喜ばれています」
三宅監督「これまでは海外の映画祭に出品する時は、英語が得意な知り合いに英語字幕を頼んでいたのですが、やはり字幕づくりは難しく、これは作家にとっても一つの課題でした。例えば、主語の取り違え。今回津村さんが2人の師匠(男性と女性)について話す場面があります。日本語では主語がないので言葉だけを聞いているとどちらの師匠の話なのかが分からなくなり、英語にした時にHeとSheが反対になっていたことがありました。でも今回は翻訳者でもある細谷さんと、撮影した時の状況なども話しながら字幕を作ったおかげで改善することができました。英語字幕をつくるうえで作家と翻訳者さんの交流は大切だとつくづく感じています」
●JVTAに通う前から出版翻訳や映像制作の仕事に携わってきた細谷さんは、過去にも映像作品に英語字幕をつけたことがあるそうですが、講座修了後は字幕が変わりましたか?
細谷さん「はい。やはり専門的なスキルを学んだことは大きかったですね。独学でやっていた頃はルールを知らないので、いくら正しく翻訳しても、実際に映像にのせてみたら全く読めずに調整に苦労したことがあり、もっときちんとスキルを学びたいと思っていました。JVTAで講師によく言われたのは、“翻訳者は作家ではない”ということ。字幕はあくまでの作家の意図を伝えるべきものなのです。講義で作品解釈や情報の取捨選択を学び、完結で分かりやすい字幕が作れるようになりました。
おかげで英語がご堪能な津村さんご本人からも、『英語字幕分かりやすいね。僕の話している日本語を聞くよりもっとよく伝わるんじゃない?』と、冗談まじりに嬉しいお言葉を頂くことができました。私は監督から字幕についてどんどんご指摘を頂けると嬉しいです。もちろんワードチョイスには根拠がありますが、作品をきちんと伝えることが何より大切なので、意見を交わし合い、より良い字幕にしていきたいと思っています。日本にはインディペンデントで優れた作品を作っている監督がたくさんいますが、海外に作品を出品しようにも、その術が分からないという人が多い。ですから、JVTAのように出品のお手伝いをしてくれて、きちんとした英語字幕をつくるプロがいることをもっと多くの映画関係者に知って欲しいと思っています」。
海外の映画祭向けのキット作成、国外の映画関係者とのやりとり、インタビュー起こし、試写会アテンドなど多彩にご活躍の細谷さん。今後も日本が誇る文化を、映像翻訳の仕事を通して海外へぜひ伝えてください。
★『躍る旅人 能楽師・津村禮次郎の肖像』は6月27日から新宿K’s cinemaにてモーニングショー(連日10:30~3週間の予定)。ぜひ、ご覧ください!