第68回 『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』
【最近の私】「情報リテラシー」や「メディアリテラシー」という言葉があるが、昭和の特撮作品を楽しむには、「特撮リテラシー」とでもいうべきものが必要だ。ただ僕の場合、CGを駆使した映像を見る際に、それが邪魔になっているような気がしてきた。
かつて特撮作品の作り手たちは、怪獣映画や変身ヒーロー番組の中で、現実社会が抱える問題を描いてきた。例えば、民族差別問題を下敷きにした『怪獣使いと少年』(『帰ってきたウルトラマン』第33話)では、友好的な宇宙人と彼を父親のように慕う少年に対する、地域住民の仕打ちが描かれていた(当ブログの第5回『河原の少年1』http://jvtacademy.com/blog/co/star/2010/07/参照)。
この夏に公開された『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』(樋口真嗣監督)にも、その伝統は受け継がれている。脚本を担当した映画評論家でコラムニストの町山智浩氏によると、同作の登場人物たちには、福島の原発作業員の姿を重ねているそうだ。この映画では、壁に守られた町にある日突然、数体の人食い巨人が乱入し、人々を襲う。突如現れた一体の超大型巨人に壁が破られたのだ。壁を修復しなければ、町は全滅する。そのため主人公のエレンたちが、危険を犯して修復作業へと向かう。
惜しむらくは、巨人の襲撃後、いかに人々がおびえながら暮らしているかが描かれていないので、エレンたちの作業がどれだけ重要なものなのかが視聴者に伝わってこないことだ。登場人物たちの言動に緊迫感がないこともあり、“人々を救うために命を顧みず”といった英雄的行動にも見えてこない。
こうした緊迫感の欠如は、日本の特撮作品に共通した欠点ではないだろうか。その点、ハリウッドのアクション映画やSF映画はさすがだ。例えば『エイリアン2』(1986年)で、住民が消息を絶った惑星の調査に、海兵隊が派遣された場面。隊員たちが警戒しつつ建物に入る際、その規律の取れた行動から、現場の緊迫感が伝わってくる。一方、日本はというと、平成ゴジラシリーズに自衛隊員が主役となる作品がいくつかあるが、どれもプロの軍人には見えず、緊迫感がない。
『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』の場合、エレンたちは軍人ではないという反論もできる。彼らは原作マンガ『進撃の巨人』のように、対巨人戦に長けた「調査兵団」ではなく作業員だ。それでも危険の真っただ中にいる緊張感は、持っていて然るべきだろう。それなのに、恋人同士が愛の営みを始めようとしたり、そのすぐ近くで子持ちの女がエレンを誘惑したりする。町山氏は、「人間は、死を目前にした極限状態では、命が実感できる行為に走る」ということを表現したかったのかもしれない。実際彼は、かつて見た映画(1956年の『地下水道』)にこれらと似たシーンがあり、それに今回の着想を得たという主旨の発言をしている。ただし、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』では、登場人物たちがそこまで心理的に追い込まれているようには見えず、やはり違和感があった。
エレンたちが調査兵団ではなく、“作業員”であるという点は、原作やアニメ版のファンに評判が悪い理由の一つだろう。調査兵団は、ワイヤーを使った「立体起動装置」で空中を滑空するように動き回り、2本の剣で巨人に立ち向かう。その戦い方は華があり、スピード感あふれるシーンは多くのファンを魅了している。『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』のエレンたちも、立体起動装置と剣は装備しているので、見た目は調査兵団と変わりない。ただし、兵士ではないので、十分に使いこなせるわけではない。このギャップが、映画館に足を運んだファンの失望を大きくしたに違いない。彼らが満足する映画にするには、立体起動装置での戦闘シーンを、もっと華々しいものとなるような演出にして、映画の“売り”にすべきだったのではないだろうか。
代わりに本作で売りにしようとしたと思われるのが、最後にエレンが巨人化した場面だ。エレンは圧倒的な力で、他の巨人たちを次々に(文字通り)粉砕する。脚本家の中村かずき氏が「ためてためてのカタルシスに、ラストは声をあげたくなった」と評したのは、おそらくこのシーンのことだろう。僕はこのコメントを読んで、樋口監督や町山氏が、『進撃の巨人』で『ウルトラマン』をやろうとしたのではないかという気さえしてしまった。多分、それは考えすぎだと思うのだが…。
9月には、後編の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』が公開予定であり、作品の評価は、前後編合わせてすべきものなのかもしれない。樋口監督は2016年公開予定の新作ゴジラ映画でも共同監督を務めるし、ファンとしてはその前にコケてほしくはない。今回は、いろいろ批判的なことを書いてしまったが、ぜひ面白い後編を期待したいと思っているというのが本音だ。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る