今週の1本 『はいすくーる落書』
3月のテーマ:卒業
物語を面白くするコツ。その一つとして、いかに主人公の周りにアンチテーゼをちりばめられるかがある。主人公の目的、欲求が、簡単に達成されたのでは、観客を楽しませるどころか作品を最後まで見てもらうことはできない。ましてや連ドラの最終回まで視聴者を釘付けにするには、それ相応の“一難去ってまた一難”構造が必要である。
学校を舞台にした作品は、洋の東西を問わず数多く作られてきた。 生徒間の抗争、学園ラブコメ、先生と生徒の信頼関係。ぱっと思い出すだけでも、たくさんあるものだ。学園ものでは、多くの人物が登場し、先生と生徒という明確な立場だけでなく、学力や親の権力、クラブ活動や所属する仲良しグループなどによって、ヒエラルキーやスクールカーストを設定することができる。実に多様性のある舞台である。
1989年のTVドラマ『はいすくーる落書』。
主人公は、斉藤由貴演じる新米教師・諏訪いづみ。「夏休みが多い」「若い男の子に囲まれながら仕事が出来る」という能天気な理由で教師になったものの、赴任した先は、バッキバキの不良ばかり集う工業高校だった。生徒たちの見た目、態度はド級の迫力。クラスのほぼ全員が金八先生でいうところの加藤優と松浦悟レベルなのだ。このクラスの生徒たちと、過保護な父親の愛情に包まれ真っすぐ生きてきたいづみとは、バックグラウンドも価値観も、一ミリもかぶらない異種同士。設定時点で世間知らずの主人公が容易に乗り越えることができない障害がズラリ。物語を面白くするアンチテーゼ大集合だ。
生徒に馬鹿にされたり、時には暴行未遂まで受けたりと、過酷な学校生活により本気で辞職を考えるいづみ。しかし日々生徒が起こす、これまた結構なレベルの大事件の解決にいづみは奔走し、懸命に対峙する。その誠実さにふれ、生徒たちも次第に彼女に信頼を寄せていくのだった。
立ちはだかる障害は、生徒たちはもちろん、彼らをよしと思わない教師、さっさと教師を辞めてもらいたいいずみの父親、また、生徒たちを排除しようとする社会そのものとバリエーション豊かだ。毎エピソードそれなりに問題は解決されていくのだが、ここぞという回やスペシャル版では手放しの大団円では終わらない。熱意や誠意だけでは乗り切れないこともあるのだ、という現実の厳しさも、しっかり描いている。
自分のポリシー、スタイルを変えられず、ことごとく就職面接先から断られるクラス一番のワルに、社会で仕事に就くということは何たるかを、いづみが諭すシーン。
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就職するっていうのはね、遊びじゃないのよ
場合によってはね、頭のてっぺんから足の先まで 考え方から好き嫌いまで
全部、相手方に売り渡す、そういうことなのよ。
そうしないと生きていけない、そういうことなのよ。
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この春、新生活をスタートする人も多くいるだろう。新しいことを始めるのだ。慣れないことも、失敗も当然だ。「できること」と「できないこと」。「好きなこと」と「嫌いなこと」。「向いていること」と「向いていないこと」。それを語れるのは、与えられた仕事に対し、自ら働きかけ、死ぬ気で取り組み、必死に成し遂げようとした人だけなのではないかと思う。結果がどうであれ、その人がつかんだものは計り知れない価値あるものだ。どんなアンチテーゼがあろうとも、自分は自分というドラマのかけがえのない主人公。今は大変でもそのクライマックスはハッピーエンドだと信じて、一つひとつ乗り越えていってもらいたい。心から応援している。
おまけ:
今回のテーマ「卒業」。真っ先に浮かんだのが、斉藤由貴のデビュー曲「卒業」。何年経っても色あせない、松本隆の織りなす言葉の世界に、彼の才能がいかに非凡なものか、改めて舌を巻いた。素晴らしい。
斉藤由貴 『卒業』
『はいすくーる落書』
演出:吉田秋生
プロデューサー:八木康夫
脚本:山元清多
原作:多賀たかこ
出演:斉藤由貴、伊東四朗、所ジョージ、石倉三郎ほか
制作年:1989年
Written by 浅川 奈美
[JVTA発] 今週の1本☆ 3月のテーマ:卒業
当校のスタッフが、月替わりのテーマに合わせて選んだ映画やテレビ番組について思いのままに綴るリレー・コラム。最新作から歴史的名作、そしてマニアックなあの作品まで、映像作品ファンの心をやさしく刺激する評論や感想です。次に観る「1本」を探すヒントにどうぞ。