今週の1本 『インサイド・ヘッド』
4月のテーマ:始まり
すべての人にとってのすべての“始まり”――それは言うまでもなく、この世に生まれた瞬間だろう。私の大好きなU2が『Yahweh』という曲で、“Always pain before a child is born(子が生まれる前には常に痛みがある)”と歌っているが、それを私は母親だけのことだと思っていた。しかし「お母さんだけじゃなく、赤ちゃん自身も暗くて細い産道を痛みに耐えながら産まれ出てくるのですよ」という助産師さんの言葉に、出産を控えた私の母性本能は一気に強まった。赤ちゃんと2人で協力してなにかをするなんて、なんだか母子初めの共同云々のようだし、赤ちゃんがくるーんと回転しながら産まれるなんて、想像するだけでかわいすぎる!
でも、それよりなにより、小さな赤ちゃんが痛みを伴いながらも今その人生を始めようとする凛々しい姿に、愛情が湧いたのだ。
映画『インサイド・ヘッド』の冒頭シーンは、赤ちゃんを育てた経験がある人ならきっと100%泣いてしまうだろう。
《生まれて間もない赤ちゃん(ライリー)の目に映るのは、優しいパパとママの笑顔。するとライリーの脳内(もしくは胸中)に最初に芽生えるのは喜び(ヨロコビ)という感情だ。ヨロコビが脳内の操作盤に触れると、ライリーは幸せそうに声を上げて笑い、そしてその笑顔を見た両親もまた嬉しそうな表情を浮かべる…》
まるで小さな我が子を囲んで、目を潤ませて微笑んだあの日にタイムトリップしたかのような緩やかな気持ちにたちまち包まれてしまう。
本作は人々に宿る5つの感情、①喜び(ヨロコビ)、②悲しみ(カナシミ)、③怒り(イカリ)、④むかつき(ムカムカ)、⑤恐怖(ビビリ)を登場人物として、人の脳内にくり広げられる感情たちのドラマと成長を描いている。どのキャラクターが操作盤を操る権利を得るかでライリーの感情や行動が決まる。またライリーの記憶は、ヨロコビの黄色いボールとカナシミの青いボールが積み上げられ形成されていく。
5つの感情のミッションは、彼らのご主人であるライリーの毎日をハッピーにすること。ライリーの脳内をヨロコビが操り、ヨロコビの黄色いボールで埋め尽くすことこそが使命なのだと信じている。しかし、彼らはやがてあることに気付く。“カナシミはヨロコビを、ヨロコビはカナシミを知るからこそ感じられる”。そう、すべての感情は表裏一体になっていて、それぞれの存在があるからこそ、さまざまな気持ちが生まれ、人は幸せを感じられるのだ。
この一連の描写は、カリフォルニア大学心理学教授ダッチャー・ケルトナー氏の助言に基づいて作られているそうだが、頭の中をこんな風に表
現したアイデアは天才的に素晴らしい。
ストーリーで一際目を引くのが、ライリーのイマジナリーフレンド、ビンボンの登場だ。イマジナリーフレンドとは、その名の通り、空想の中だけに存在し、空想の中で話したり遊んだりする友達のこと。ビンボンは、ライリーが3歳の時に大好きなもの(ゾウとネコがミックスしたピンクの体、わたあめのような触感にイルカの鳴き声、涙はキャラメル味のキャンディ etc…)を寄せ集めて創られた。子どもが大人に成長する過程で、気持ちを共有したい時に生まれるイマジナリーフレンドは、その子が成長し自立していくことで徐々に消えていき、やがて忘れさられてしまうというなんとも悲しい役まわり。ビンボンもライリーの成長とともに、自分の役目はもう終わりと悟り、自らピリオドを打つ。
もし、ビンボンを“脳内を形成するためのイマジネーションの原点”の象徴とするならば、記憶のかなたに去ってしまった私自身のビンボンに会ってみたい。誰にでも自分だけのオリジナルのイマジナリーフレンドがいたはずで、その友とともに過ごした日々があるからこそ今があり、そしてその友は私たちをずっと見守ってくれているはずだ。…ということで、我が家には、ビンボンのぬいぐるみ全長28cm大(amazonで見つけて即購入)がある。ピンクのビンボンを見るたび、“始まり”の意味を思い出そう。
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『インサイド・ヘッド』
監督:ピート・ドクター
声の出演:エイミー・ポーラー
制作国:アメリカ
制作年:2015年
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Written by 中塚 真子
[JVTA発] 今週の1本☆ 3月のテーマ:卒業
当校のスタッフが、月替わりのテーマに合わせて選んだ映画やテレビ番組について思いのままに綴るリレー・コラム。最新作から歴史的名作、そしてマニアックなあの作品まで、映像作品ファンの心をやさしく刺激する評論や感想です。次に観る「1本」を探すヒントにどうぞ。