発見!キラリ 「素敵な引用文」
12月のテーマ:ご褒美
何かの会話のおりに、小説や詩の一片を暗誦できたりしたらいいなと思う。小説でも、最初のページに詩や警句などの引用文(エピグラフ)があるが、あれはなかなかクールだと思う。すごく深い知識や教養を備えていて、それがさりげなく開陳されている感じがする(実際には、エピグラフに使えそうな一文に出会ったらスマホやレシートの裏にせっせと書きとめておく、みたいな地道な作業をしているのかもしれないが、たぶん違う気がする)。
言うまでもなく、僕にはそんな芸当はできない。小説や詩の一片どころか、昨日の会話の内容を覚えていられるかも怪しい。でも小学校の頃に限って言えば、僕はたくさんの詩をそらんじることができた。詩を覚えてくる競技のようなものをクラスでやっていて、毎週新しい詩が課題に出されていた。当時の僕はなぜかそれに力を入れていて、他の子よりも長くたくさんの詩を覚えようとかなりの時間を割いていた。
だが、詩といっても「花がたくさん咲いたらすてきだな」とか、「象の耳はおっきいな」とか、そういう類の子ども向けのものだ。しかも表彰されたところで、ご褒美にもらえるのは赤や青の丸いシールだけ。たくさん覚えてきた場合でも、「とくべつな」銀色のシールがもらえるに過ぎない。それが名簿の名前の横に貼られていく、ただそれだけだった。
いま思えば、何の変哲もないシールのためによくやっていたなと思う。しかも「雲をなめたらあまいのかな」みたいな詩をいくら覚えてもあまり役に立たない。これがシェイクスピアとかホメロスとかなら、小学生に微妙な味わいはわからなくても、少なくともクールな振る舞いをするのには役立ったはずだ。
たとえば会話の中で、こんな一文をすっと引用できたらどうだろう。
「歴史は、そこから私が目覚めようと努力している悪夢だ」(ジェイムズ・ジョイス)
あるいは、盗まれた馬の足跡を追って絶望的な旅を続ける兄弟の、こんな会話文を。
弟:この先地面が固い岩になったらどうする? そのことを考えてみたかい?
兄:この世の終わりがきたらどうする? そのことを考えてみたか?
弟:ああ。そのことは考えてみたよ。
(コーマック・マッカーシー『越境』)
ご褒美なんて必要がないほどクールではないだろうか(こんな引用がふさわしい会話があるかどうかはわからないけど、大切なのは雰囲気だ)。もし今も小学校で同じようなことが行われているならば、ぜひこうした洗練された文章を覚えさせるようにしてほしいと思う。ちなみに、上の2つの引用文はレシートの裏に書き写しておいたものです。
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Written by 桜井 徹二
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[JVTA発] 発見!キラリ☆ 12月のテーマ:ご褒美
日本映像翻訳アカデミーのスタッフが、月替わりのテーマをヒントに「キラリ☆と光るヒト・コト・モノ」について綴るリレー・コラム。修了生・受講生にたくさんのヒントや共感を提供しています。