発見!キラリ 「遠く曖昧な記憶を鮮やかにする魔法」
3月のテーマ:忘れられないこと
皆さんは初めて劇場で観た映画を覚えているだろうか。
私の遠い記憶には、ぼんやりした物語がある。タイトルも出演者も覚えていない。でも確かこんな映画を母と妹と映画館で観たような気がする…。
主人公は入院中の少女。彼女はエルビス・プレスリーの大ファンで、ファンレターを出す。ある日、プレスリーから少女に大きなテディ・ベアが贈られてくる。そんな内容をうっすらと覚えていた。キーワードを頼りにインターネットで検索してみると、1980年のアメリカ映画『ラスト・レター』という作品が見つかった。あの女の子はダイアン・レイン(※)だったのか! 彼女と心を通わせる看護師を演じるのはデボラ・ラフィン(※※)。そうだ、彼女の顔を覚えている! 原作は、実在のこの看護師が書いたベストセラーの実話「エルビスに愛をこめて」(リナ・カナダ著)で、日本での公開は1981年。30数年の時を経て改めて知った事実がいろいろあり、とても感慨深かった。
こんな曖昧な記憶の答えを簡単に見つけることができるのは、ひとえにインターネットのお陰だ。思えば私がJVTAで学んでいたおよそ10年前、我が家のインターネットはまだISDN回線で1カ月に10時間のみの契約だった。規定時間を超えると別料金がかかってしまうため、課題の調べものをマンガ喫茶でしていたのを思い出す。週末には図書館に行き、調べた成果として借りた本を持って教室に行く時はお守りのような安心感があったものだ。映像翻訳や文章のライティングに欠かせない調べものにインターネットをフル活用している今、ネットがなかった時代の翻訳者やライターはどうしていたのだろう? その苦労がしのばれる。
最近読んだ沢木耕太郎氏の本「流星ひとつ」(新潮社刊)にも興味深いエピソードがあった。同書は昭和の歌姫・藤圭子さんが引退を決めた1979年のインタビューをまとめ、30年以上の時を経て2013年に出版されたものだ。沢木氏は当時取材にあたり、京王線の八幡山にある大宅壮一文庫で藤さんの記事をかたっぱしから探して読んだという。「『藤圭子のカードを出してください』と頼むと当時カードは7枚(1枚に20項目)あって約140もの記事があった。ぼくたちみたいな仕事をしている者にとっては、足を向けて寝られない場所」と沢木氏は同書で話している。早速公式サイトを覗いてみると、大宅壮一文庫とは、1971年設立された日本で初めての雑誌図書館だと分かった。評論家・大宅壮一氏の雑誌コレクションを引き継いで、明治時代以降130年余りの雑誌を所蔵しており、現在でも年間約10万人の利用者がいるそうだ。インターネットが無かった当時、ここは翻訳者にとってもきっと大切な場所だったのだろうと思った。
SNSで誰もが簡単に情報を発信できる現代は、インターネット上にあらゆる情報が溢れている。しかし、昨今問題になっているような「フェイクニュース」や「まとめサイト」など信頼性の低いものも多い。言葉のプロである映像翻訳者は、こうした情報の渦の中から確かな事実を見極めて正しい情報を伝える責任を担っている。だからこそ、今JVTAで学んでいる皆さんも調べ物はぜひ頑張ってほしいと思う。丁寧なリサーチは信頼を確実に高めてくれる。数十年前の翻訳者が苦労して情報に辿り着いたことを考えれば、現代の翻訳者はとても恵まれているのだから。
映像翻訳者を目指す皆さんにも、忘れらない映画やドラマがあるはず。それはあまりにも幼い頃で断片的にしか思い出せないかもしれない。でも記憶をたどりながら検索すればきっとその作品に再会できる、インターネットには確かにそんな“魔法”がある。でもちょっと待てよ、せっかくJVTAにいるなら映画好きなクラスメートやスタッフに聞いたほうが早いかもしれないな…。ネットには無いようなとびきりのネタを熱く語ってくれそうだ。
※ダイアン・レイン
1979年『リトル・ロマンス』で映画デビュー。80年代には『アウトサイダー』『ストリート・オブ・ファイヤー』などで人気を博す。2002年に『運命の女』に主演し、アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞にノミネートされた。
※※デボラ・ラフィン
1973年『エーゲ海の旅情』で女優デビュー。その美しさで20代のころは“若いグレース・ケリー”と称される。代表作は『ダブ』『いくたびか美しく燃え』など。2012年、白血病で逝去。享年59歳。
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Written by 池田 明子
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[JVTA発] 発見!キラリ☆ 3月のテーマ:忘れられないこと
日本映像翻訳アカデミーのスタッフが、月替わりのテーマをヒントに「キラリ☆と光るヒト・コト・モノ」について綴るリレー・コラム。修了生・受講生にたくさんのヒントや共感を提供しています。