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発見!キラリ  Keyを感じないことがカギ

発見!キラリ  Keyを感じないことがカギ

8月のテーマ:鍵

 
英語のKeyは音楽用語で言うところの「調」にあたる。
よくテレビの歌手のオーディション番組などで審査員が口にする「キーが合っていない」という、あの「キー」は「調」のことだ。現代音楽で広く使用されている「キーにそって旋律や曲を構築する方法」は8~9世紀の教会旋法をルーツとしている。例えばキーをCメジャーとして曲を作るならば基本的にはドレミファソラシドの音使いをするという事。当たり前のようだが、例えばドとレの間にあるドのシャープは使わず、1オクターブの中の選ばれた7音という規則に沿うことで、それぞれのキー特有の響きを利用した音楽を創作できるという便利な理論だ。

 
現代ポップ音楽の源流はアフリカからアメリカに渡ってきた黒人たちのブルースと言われており、それがヨーロッパの民謡をルーツとしたカントリーと融合されてロックンロールが1950年代に生まれた。その後、1960~70年代の次世代のミュージシャン達がさらに他ジャンルのエッセンスを取り入れて、より複雑な構成や様々なリズム、ルーツにとらわれない旋律を生み出し、現代のポップ音楽へ繋がっていった。

 
このような音楽の歴史の中で、レコーディング技術も飛躍的な進化を遂げてきた。複数のミュージシャンの演奏を同時にマイク1本でレコーディングを行う“モノラル1チャンネルの録音”から始まり、現在では様々な音源を別々に録音するし膨大なトラック数で重ねるという方法も可能になっている。もちろん、録画した音源の音程も音質も容易に編集・加工が可能だ。その結果、傾向としてそれらの音源は工業製品のようにキレイに整えられ、世に出る時は音程やタイミングのズレなどまるで存在しないようなモノとなる。そんな音に耳が慣らされた結果、「キーが合っているか」が音楽の最重要要素の様に唱えられ、そこから外れた者は「音楽の才能なし」の烙印を押されたような空気が漂う。

 
しかし、音楽的にも技術的にも進化しながら、今なお時流に逆らうかのように数十年前にレコーディングされた音楽を好んで聴くリスナーが存在するのは何故だろうか? 現代のレコーディングと比べると音質もローファイで、演奏中のミスもそのまま収められている事も珍しく無いのだ。現代ならマイナスポイントになりかねない事だが、それでも人々を惹きつけて止まないのは、音の質やミスさえも魅力的に感じさせることの出来る「マジック」が収められているからだと思う。そのマジックの大きな要素とは、「キー」に縛られていない生々しいミュージシャンの息づかいではないだろうか(あくまで私的意見だが)。戦前のブルースマン達はギターのチューニングも怪しく、歌も話し言葉に節をつけているだけといった感じで、パンクス達の演奏にいたってはキーという概念が無いような曲も珍しくない。ただ、彼らの音楽にはワクに収まった音楽には感じられない「心を鷲掴みにされるような生々しい感覚」が凝縮されている。そんな事を考えながらiTunesに入っている音楽をざっと見ていると、自分が音楽を選ぶ際、無意識にその条件を満たした作品をピックアップしている事に気付かされる。

 
昔、バンドのメンバーに言われた言葉をふと思い出した。「良いギタリストはフレットを感じないんだよ」。フレットとはギターの指板にある音程を決めるための金属の線のことで、それを押さえて弦を弾けば音程は外れない。つまり、彼は「キーに縛られずに人の心を揺さぶる演奏ができるミュージシャン(ギタリスト)が素晴らしい」と伝えたかったのだろう。これは映像翻訳にも通じると思う。文法的に正しいだけの翻訳では人の心に響かない。話者の息づかいが伝わるような言葉選びがあって初めて、人の心に深く伝わる映像翻訳が成立するのではないか。音楽も翻訳もマニュアル通りにワクの中に収めることだけが答えではないのだと今さらながら気づいた。

 

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Written by 斉藤 良太
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[JVTA発] 発見!キラリ☆  8月のテーマ:鍵
日本映像翻訳アカデミーのスタッフが、月替わりのテーマをヒントに「キラリ☆と光るヒト・コト・モノ」について綴るリレー・コラム。修了生・受講生にたくさんのヒントや共感を提供しています。