発見!キラリ 「あなたは、誰かの大切な人」
1月のテーマ:約束
先日、美容院で突然涙が溢れそうになって焦った。
パーマをかけてもらう時、私はいつも文庫本を持参している。この日、読んでいたのは原田マハさんの「あなたは、誰かの大切な人」。40代の女性をヒロインにした短編集で、どれもじんわりと胸に沁みた。物語にのめりこむと思わず泣きそうになる。私が「気を散らせ、気を散らせ」と必死に唱えたのは、冒頭に収録されている「最後の伝言」のクライマックスだ。
美容院を営む栄美はある日、入院中の母トシ子から、隣町の葬儀社で働く女性に手紙を渡してほしいと頼まれる。トシ子も美容師として自身の店を構え、栄美と妹の眞美を育ててくれた。葬儀社の女性はそのお店の常連客だという。
トシ子には夫の三郎がいるが、病院には全く顔を出さない。「お父さんへの手紙はないの?」と問う栄美に、「ないに決まってるでしょ。あんなろくでなしに」と答えたトシ子は、その1週間後、娘2人に見守られて息をひきとる。
三郎はいわゆる「髪結いの亭主」。定職は持たず、時々トシ子の店を訪れては常連客の女性たちを口説き、銀座や新橋あたりでも浮名を流す。若いころは“石原裕次郎や加山雄三も真っ青”の美男子だったという。トシ子は30を過ぎたころ、そんな三郎に声をかけられ、3週間後に結婚したらしい。
通夜におずおずと現れた三郎に娘2人は、「卑怯者!」「ろくでなし!」「なぜ病院に来なかったの?」と怒りをぶつける。「入院しているが絶対に来るな。退院したら連絡するからとお母さんから電話があった」と釈明する三郎。ボサボサの髪と無精ひげ、こけた横顔にモテ男の面影はない。「それでもお母さんは来てほしかったはず」と責める娘に三郎は、「化粧もしてない顔をあんたに見られたくないと言われたんだ」と明かす。三郎はその約束を守っただけだったのだ。トシ子にとって三郎は自慢の亭主であり、70代になっても愛する男。なんていじらしい女心なのだろう。結局三郎は、トシ子の棺に近づくこともできないまま、また姿を消してしまう。
私が美容院で泣きそうになったのは、トシ子の告別式の場面だ。三郎はやってくるのか? トシ子が葬儀社の女性に託した“最後の伝言”とは…。ヒントはこの作品のサブタイトル“Save the Last Dance for me”にある。そう、今週からテレビ朝日で放送中のドラマでも話題となっている越路吹雪さんの代表曲「ラストダンスは私に」だ。ラストシーンはぜひ、ご自身で読んでください。トシ子が栄美に語った三郎との想い出もグッときます。
ちなみに、著者の原田マハさんは、ニューヨーク近代美術館に勤務後、フリーのキュレーターを経て、執筆活動を開始。「楽園のカンヴァス」や「暗幕のゲルニカ」「デトロイト美術館の奇跡」などアートに関する著作が多く、美術館好きな人はもちろん、映像翻訳者として、アートに関する知識を深めたい人にもおすすめだ。映画好きなJVTAの受講生・修了生の皆さんには、「キネマの神様」をぜひ読んでほしい。映画を真っすぐ愛する気持ちを思い出させてくれる。私は20代、30代のころ、彼女の兄で同じく作家の原田宗典さんの本が好きで沢山読んでいた。だから彼女の作品にも魅かれたのかもしれない。
※以前、私はJVTAのコラムでも原田宗典さんの短編を紹介している
http://jvtacademy.com/blog/co/mitari/2011/02/post-23.php
この短編集の6編はどれも温かい気持ちになれておすすめだが、2作目の「月夜のアボカド」も秀逸。美容院の帰り道、私は電車のなかでこれを読みながら「まずい! 気を散らせ、気を散らせ」と、再び唱えたのでした…。
Written by 池田明子
[JVTA発] 発見!キラリ☆ 1月のテーマ:約束
日本映像翻訳アカデミーのスタッフが、月替わりのテーマをヒントに「キラリ☆と光るヒト・コト・モノ」について綴るリレー・コラム。修了生・受講生にたくさんのヒントや共感を提供しています。
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