今週の1本 『あん』
9月のテーマ:光
『あん』は、樹木希林さんの代表作の一つだ。ハンセン病元患者の女性、徳江を演じている。カンヌ国際映画祭などで高い評価を受けたこの作品の“追悼上映”が、9月21日から順次、全国で始まる。
どら焼き店の店長、千太郎(永瀬正敏)の店先にある日、徳江(樹木希林)が訪れて「アルバイトとして雇ってほしい」と頼み込む。「腰を悪くしますよ」と断る千太郎に、徳江は自家製のあんを置いていく。そのあんの絶妙な味にほれこんだ千太郎は、徳江を受け入れ、二人三脚の経営で行列ができる人気店に…。しかし、徳江がハンセン病元患者が暮らす療養所にいると分かり、次第に客足が遠のいていく…。
この作品で一番印象に残ったのは、「預かったカナリアを飼うと約束したのに、放してしまった」と謝る徳江のセリフだ。どら焼き店の常連客の少女が籠に入れて連れてきたカナリアは、光と自由を求めて大空に飛び立った。それは、長い間、療養所の中で暮らしてきた徳江自身の願いだったのだろう。
樹木希林さんは、私にとって子どもの頃から身近な存在で懐かしい女優さんだった。「私は40年来、沢田研二さん(ジュリー)と、郷ひろみさんのファンだから」と言えば、昭和世代の人なら誰もが納得してくれるだろう。
私が小学生の頃、希林さんが郷ひろみさんとデュエットした「お化けのロック」(1977年)と「林檎殺人事件」(1978年)が大ヒット。お揃いの衣装に身を包み、ひろみさんの周りをぐるぐる回ったり、ロボットのようなダンスをしたりしながら歌う希林さんが、かわいらしくて面白くて、「いいなあ~」と羨望のまなざしで見つめていた。
希林さんといえば、なんといっても『寺内貫太郎一家』(1974年)でのお約束、「ジュリー~」の身悶えポーズだろう。私がジュリーファンだと言うと、40年以上経った今でも、昭和世代はほぼ全ての人があのしぐさのまねをする。この浸透力は凄い! 私もジュリーファンの同志として勝手な仲間意識をずっと持っていた。JVTAのスタッフになってから、希林さんを間近で拝見したことがある。『わが母の記』の記者会見を取材した時、主演の役所広司さんと共に登壇したのだ。「わあ、希林さんだ!」と、とても嬉しかったのを覚えている。
30歳前後からお婆さん役が定番だった希林さん。60代、70代と実年齢が追いつくと、あまりにも自然で、どこまでが素でどこからが演技なのか分からない、唯一無二の存在となっていた。『悪人』『そして父になる』『海街diary』『万引き家族』など晩年も多くの話題作に出演し、精力的に活躍された。追悼番組を見るなかで、彼女の印象的な言葉があった。60代のはじめに突然左目の視力を失った時、「はじめは絶望したが、おかげでその人の本質が見えると思っている」といった話をしていたのだ。この言葉を聞いて、ハッとした。私はバリアフリー講座の担当として半年ごとに視覚障害者の方を講義にお招きし、お話を伺っている。バリアフリー上映会などの取材も多く、これまでさまざまな視覚障害者の皆さんにお世話になってきた。皆さんはどんな風に私の本質を見抜いていたのだろう。小手先の対応では全てお見通しに違いない。改めてきちんと誠意を尽くさなければならないと思った瞬間だった。
希林さん、たくさんの楽しい思い出をありがとうございました。
『あん』
監督:川瀬直美
原作:ドリアン助川
製作年:2015年
出演:樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅ほか
製作国:日本/フランス/ドイツ
追悼上映のスケジュールは公式サイトへ
http://an-movie.com/
Written by 池田明子
〔JVTA発] 今週の1本☆ 9月のテーマ:光
当校のスタッフが、月替わりのテーマに合わせて選んだ映画やテレビ番組について思いのままに綴るリレー・コラム。最新作から歴史的名作、そしてマニアックなあの作品まで、映像作品ファンの心をやさしく刺激する評論や感想です。次に観る「1本」を探すヒントにどうぞ。
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