【コラム】JUICE #5「フォントの話」●秋山剛史
この仕事(映像翻訳)をしていると、一般の方よりも言葉に触れる機会が必然的に多くなる。そのため、普段から目にする看板や広告など、あらゆる文字を無意識に注目してしまう。
これは字幕や吹き替えの翻訳者だけでなく、言葉を扱う仕事をしている人は皆そうなのではないだろうか。おそらく目にした文章を見て、その内容や日本語表現をチェックしてしまう方も多いだろう。ただ、ここで私が思うのは、内容だけでなく「文字の見栄え」についても着目してほしいということだ。見栄えについては「大きさ」「改行位置」「色」などさまざまな要素があるが、今回は一番重要といっても過言ではない「フォント」について触れていけたらと思う。
明朝体とゴシック体の違いの話
「フォント」といってもその種類は数えきれないほどある。その中でも、日本語フォントの代表格として「明朝体」と「ゴシック体」の2つが挙げられる。この2つはそれぞれ違った特徴を持っており、よくいわれるのは、明朝体は「可読性」が高く、ゴシック体は「視認性」が高いということ。読み疲れしにくい明朝体は新聞や小説などの長い文章に向いており、遠くから見ても判別しやすいゴシック体は広告や見出しなどに向いているということだ。ただ今回、より注目していきたいのは、それぞれが与える印象の違いについてである。装飾が多く、縦線と横線で太さに強弱のある「明朝体」は上品で誠実さや高級さを感じさせ、比較的やや固めな印象を与える。一方で、装飾が少なく線の太さが均等で安定感のある「ゴシック体」は、親近感や力強さを有し、比較的カジュアルな印象を与える。このように明朝体とゴシック体では全く違う特徴を持っており、使いどころには注意が必要である。
それでは、ここでいくつか例を見ていこうと思う。
こちら病院名のフォントとして「明朝体」「ゴシック体」のどちらも使用することはあるが、与える印象が違うことに気がつくだろう。歴史があり伝統的で「信頼性」や「堅実さ」などのイメージを感じさせるのは間違いなく「明朝体」だ。一方で「ゴシック体」には親しみやすさがあり、「明朝体」と比べてより柔らかいイメージを与える。こちらは角ゴシック体を使用しているが、丸ゴシック体にすると、さらに柔らかい印象になるだろう。
また、次の例はどうだろう。
これは個人の感覚にもよるかもしれないが、おそらく圧倒的にお得感があるのは「ゴシック体」の方だろう。「明朝体」はややインパクトに欠け、広告として使うのは避けた方が良いだろう。さらに言えば、線の太さが均等でない「明朝体」は、バランスを取ってデザインするのが難しいため広告向きではない。
文字の内容は同じでも「フォント」ひとつで与える印象が大きく変わる。「フォント」を使いこなすことで、より表現に幅を持たせることができるのだ。そこで、こういったフォントの使い分けを高いレベルで実行しているものを紹介しよう。それは、日本のテレビ番組だ。
こだわり抜かれたバラエティ番組のフォントの話
特にゴールデンタイムに放送しているバラエティ番組はすごい。必要に応じてあらゆるタイミングで表示されるテロップに加え、演者のセリフも、ほぼ全てと言って良いほどテロップとして表示させている。それらのテロップに使用している「フォント」も全てこだわりを持って決められているのだ。面白いフォントの使い分けとして、部分的なフォント変更がある。例えば、演者のセリフは親しみやすい「ゴシック体」を使用する場合が多いのだが、ちょっと特殊な文言だけを部分的に「明朝体」にすることで、そのセリフだけ、与える印象を劇的に変えるのだ。配色まで変えればより一層、イメージが変わるだろう。バラエティ番組ではツッコミやボケの部分だけ、こういった部分的なフォント変更をしているのをよく見る。これ以外でも、いろいろとフォントの使い方で感心させられることが多くあるので、ぜひ今後テレビ番組を見る際はテロップに注目してみてほしい。
さて、言葉の内容ではなく文字の「フォント」について語ってきたが、言葉を伝えるプロとして、こういった見栄えについてもこだわりを持っていけると、なお良い。今回は「明朝体」と「ゴシック体」についてのみ着目してきたが、先に述べたように「フォント」の種類は無数にある。それらがどんな特徴を持ち、どんなときに使われているのか普段から意識して看板や広告の文言チェックをしてみてはいかがだろう。きっと新たな発見があるはずだ。
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Written by 秋山剛史
あきやま・たかふみ●映像翻訳ディレクター。日本映像翻訳アカデミーの就業支援部門「メディア・トランスレーション・センター(MTC)」所属。本科講師も務めており、「字幕翻訳のルール」(英日総合コース・Ⅰ)などの講義を受け持つ。
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