【コラム】JUICE #27「『ラヴ・イズ・オーヴァー』~“あなた”にこめられた想い」●池田明子
昭和歌謡には、短編映画のような余韻がある。
中でも『ラヴ・イズ・オーヴァー』は言わずと知れた名曲だ。
この曲は、1979年に欧陽菲菲さんのシングル『うわさのディスコクイーン』のB面として発売。その後、口コミで人気が高まり、1980年にA面として再発売され、その後再録音などを経て、1983年にはオリコン1位を獲得する大ヒットに。当時、森進一さん(シングルB面)、内藤やす子さん、やしきたかじんさん、生沢佑一さん、西城秀樹さん(アルバムに収録)、倉橋ルイ子さん、ニック・ニューサー(現ニック・ニューサ)ら多くの歌手の競作となった。最近でもJUJUさんやつるの剛士さんなど、多くの人がカバーしているので、若い世代でも一度は聴いたことがあるだろう。90年代前半、有線放送の放送モニターをしていた私は、さまざまなバージョンを聴きくらべて、それぞれの個性を堪能していた。
私は、生沢佑一さんのバージョンが一番好きだ。生沢さんは、1983年にシングル盤として同曲を発売。その後、90年代にはTWINZERのヴォーカルとして活躍し、ファイブミニのCMソング『OH SHINY DAYS』がヒット。その魅力的なハスキーボイスで、時にはゴリゴリのハードロックを歌う一方、キング・クリームソーダのメンバーとしてアニメ『妖怪ウォッチ』のテーマ曲を歌うなど幅広く活動されている。2017年、『ラヴ・イズ・オーヴァー』の新たなバージョンがミニアルバム『魂 ~がらんどう~』の中に収録された。この頃、彼のライブで聴いたこの曲は、心に深く沁みた。今回は、生沢さんのライブバージョンで歌詞を噛みしめながらじっくりお聴きいただきたい。
翻訳者目線で何か違和感がないだろうか?
「ただひとつだけ あなたのため」
「わたしはあんたを忘れはしない」
「わたしはあんたのお守りでいい」
「きっとあんたにお似合いの人がいる」
※『ラヴ・イズ・オーヴァー』より 作詞・作曲 伊藤薫
なぜ、冒頭だけ「あなた」にしたのだろう?
作詞・作曲の伊藤薫さんは、『ラヴ・イズ・オーヴァー』のヒット後に『君への道』でソロデビュー(この曲も谷村新司さんの『Far away』、水越けいこさんの『Too Far away』など複数の歌手によってカバーされている)。作家としても多くの楽曲提供をしており、やしきたかじんさんの『あんた』、香坂みゆきさんの『レイラ』、野口五郎さんの『19:00の街』(作詞のみ)など、多くの名曲を生み出している。
「あなた」の意図を知りたくていろいろ調べ、伊藤さんのインタビュー記事を見つけた。『ラヴ・イズ・オーヴァー』は売れないバンドマンだった20歳前後にお世話になった年上の女性たちへの恩返しで作った曲だという。「あなた」については、下記のように話している。
「あなた」って言ってたのが最後「あんた」になるような、作り方としてはキレイじゃないけれど、なんかそのパワーとかエネルギーみたいなのが伝わったのかな~と。今だったらきっと、もうちょっとキレイには書くけれども、エネルギーには乏しかったかなと、反省として思うけれど、これぐらいに無茶に書けたらいいなと今でも思う。
(うたまっぷ作詞スクール 伊藤 薫さんのインタビュー記事より引用)http://sakushi.utamap.com/interview_itoh_03.html
やはり、ここには伊藤さんの意図があったのだ。「その想いはきちんと受け取りました」と、なんだか嬉しくなった。
ちなみに、倉橋ルイ子さんのバージョンでは、すべて「あなた」に統一して歌っている。曲全体のイメージがかなり変わるので、ぜひこちらも聴いてみてほしい。欧陽菲菲さんとは全く違う印象だが、私は倉橋さんのこのバージョンも好きだ。いつか生で聴いてみたいし、ここに込めた倉橋さんの想いも聞いてみたい。
私は個人的にこう感じている。
冒頭では冷静に語りだした女性が、「あなた」と語りかけ、「泣くな 男だろう」と諭す。しかし、徐々に感情が高ぶってきて、本音の「あんた」に。そして最後は「悲しいよ」と素直に感情を吐露し、「uh-」と言葉を失う。そんな心の動きを「あなた」で演出しているのだと。
たった一言で、こんな微妙な心情を表現できる日本語は、なんて美しいのだろう。昭和歌謡にはこうした珠玉の言葉がふんだんにちりばめられている。だから、短い映画を観たような世界観があるのだ。
ところで、またひとつ疑問が生まれてしまった。これを英訳するとしたら、どうやって伊藤さんの想いを伝えればいいのだろう。受講生・修了生の皆さん、「これぞ!」といういいアイデアがあったら、ぜひ池田に教えてください。お待ちしています。
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Written by 池田明子
いけだ・あきこ●日本映像翻訳アカデミー・コーポレートコミュニケーション部門所属。English Clock 、英日映像翻訳科を受講後、JVTAスタッフになる。“JVTA昭和歌謡部”のメンバーとして学校内で昭和の歌の魅力を密かに発信中。
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「JUICE」は日々、世界中のコンテンツと対面する日本映像翻訳アカデミーの講師・スタッフがとっておきのトピックをお届けするフリースタイル・コラム。映画・音楽・本・ビデオゲーム・旬の人、etc…。JVTAならではのフレーバーをお楽しみください!
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