【コラム】JUICE #29「ペンが“かかさらない”」●吉原明日香
タイトルを読んで誤字だと思った方もいるかもしれない。現にWordの校正機能が間違いだと指摘してくれている。口語で使われる表現ではあるのだが、聞き馴染みのない方がほとんどだろう。
“~ささらない”は私の地元では一般的に使われる表現だ。私は秋田出身で、数年前までセブンイレブンが1店舗もなかったほどの田舎で育った(ローソンとサンクスがほとんどで、ファミリーマートも比較的最近にできた)。セブンイレブンが初めてできた時は、100人ほどの行列ができ、次の日の新聞の一面になっていた。そんな田舎出身の私が上京してきて驚いたのが、“~ささらない”が方言だと気づいた時だ。地元の友達と方言の話をすると、必ず話題になるのが“~ささらない”問題である。
ペンのインクが切れてしまって字が書けないとき。「ペンが書けない」「インクがでない」などと表現するのが一般的かと思う。だが、私の地元ではタイトルの通り「ペンがかかさらない」と表現する人が多い。「かかさらない」とはどういう意味なのか…。正直私もうまく説明できないが、「書けない」とは違うニュアンスで「かかさらない」を使っている。どんなニュアンスの違いなのか少し説明したいと思う。
あくまで個人的な考えだが、「ペンが書けない」と言ってしまうと自分の非のように思えてしまうのが気になる。「ペンがかかさらない」は、あくまでペンが原因であって、自分が原因ではないというニュアンスを強く含んでいるのだ。自分は書こうとしているけれども、ペンのインクがないせいで書けない。それが「ペンがかかさらない」だ。結局は「インクがない」、「ペンが書けない」ということではあるのだが…。同じように「ボタンが押せない」は「ボタンがおささらない」と言う。言いにくいようだが、実際はもっと口語的なので「ら」が「ん」に変わり、「~ささんない」と言うことが多い。上京して数年、今では「インクがでない」と言うようになったが、毎回(私は書こうとしてるんだけど…)と心の中では思っている。
個人的な考えとは言ったが、このニュアンスの違いについて地元の友達に話すと、意外にもみんなが共感してくれる。感覚的な言葉の使い方なのに、同じようなニュアンスを共有しているのが非常に興味深い。
ニュアンスの違い。映像翻訳を学び、授業で何度も言われたこの言葉の意味が、最初はピンと来なかった。だが、この“~ささらない”問題を話す時は、「ペンが“書けない”だとニュアンスが全然違う!」とつい言ってしまう。ニュアンスの違いは身近なところにあるのかもしれない。
(どの地域で使われている表現なのか気になるので、“~ささらない”を聞いたことがある、使ったことがあるという方は、気が向いたら私に出身地を教えてください!)
—————————————————————————————–
Written by 吉原明日香
よしわら・あすか●2016年4月期に英日映像翻訳科を修了。トライアル合格後はMTC(メディアトランスレーションセンター)の映像翻訳ディレクターとなり、翻訳と並行してディレクション業務を行う。MTCでは主にビジネス系コンテンツやショートフィルム、ドラマなどの案件を担当。
—————————————————————————————–
「JUICE」は日々、世界中のコンテンツと対面する日本映像翻訳アカデミーの講師・スタッフがとっておきのトピックをお届けするフリースタイル・コラム。映画・音楽・本・ビデオゲーム・旬の人、etc…。JVTAならではのフレーバーをお楽しみください!
バックナンバーはこちら