【コラム】JUICE #37「タランティーノ作品に覚える、ささやかな敗北感」●藤田庸司
イメージビデオやプロモーションビデオをはじめ、あらゆる映像とそれらに使用される音楽が密接な関係にあることは誰もが認めるところだろう。特に映画の世界では、音楽がストーリー展開やキャラクターの心情、表情を盛り上げる無くてはならない存在となっている。
音楽好きの私にとって、映画を観る際には主題歌や挿入歌、使われているBGMなども楽しみの一つである。知っている曲が流れれば歌詞の内容や曲のテーマがそのシーンの文化背景に合っていたり、キャラクターの感情に沿っていたりすると“なるほど”と納得したり、聞いたことのない素敵な曲であればシーンを覚えておいて、後にどういう意図で使われたのかを調べたりして楽しんでいる。特にクエンティン・タランティーノの映画を観る際は、ストーリー展開や役者の演技もさながら、他の監督作品よりも作中に使われている音楽に終始惹かれてしまう。そしていつも観終わったあとは、素晴らしい! 最高! 面白かった! という賞賛の気持ちに加えて、音楽に対しては“してやられたり”といった、ささやかな敗北感を感じるのだ。
公開前からいろいろと話題となっていた新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でも例外なくそのささやかな敗北感を味わった。
話の舞台は1960年代後期のカリフォルニア。ベトナム戦争やケネディ暗殺、公民権運動など、揺れ動く60年代アメリカ社会に対して若者達が出した答えであるフラワー・ムーブメント。実際に起こったシャロン・テート殺害事件を軸に、Once Upon A Time…と、物語はまるで語り継がれるお伽噺のように進んでいく。
そして、私にささやかな敗北感を与える絶妙な選曲がそれを盛り上げる。
よくあるケースで言うと、1960年代アメリカのヒッピームーブメントを描く映画であれば、グレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレイン、ピンク・フロイド、クリームなどが流れそうなものだが、ハードロックで有名なディープ・パープルが、まだハードロックスタイルを確立する前の初期楽曲や、プログレッシブロックの原型とも言えるアートロックのヴァニラ・ファッジをねじ込んでくる辺りがタランティーノらしい。
また、舞台がカリフォルニアということで、いわゆる王道曲ともいえるザ・ママス&ザ・パパスの「夢のカリフォルニア」を起用しているが、アーティストのオリジナルバージョンではなく、プエルトリコの歌手、ホセ・フェリシアーノのカヴァーバージョンが使われていて、スパニッシュギターとスペイン語風な歌い回しが曲の持つ切ない雰囲気をさらに際立たせている。王道を使うにしてもストレートに使うのではなく、カヴァーで捻りを加えているところがニクい。ローリング・ストーンズの「アウト・オブ・タイム」も、聞き慣れないアレンジなので他アーティストのカヴァーバージョンかと思いきや、後で調べるにお蔵入りした未発表バージョンとのことだった。王道からやや逸れつつも、マニアックになり過ぎない、A級=B級の中間を突き刺すセンスに、いつもしてやられたりと唸らされる。
『パルプ・フィクション』の「レッツ・ステイ・トゥゲザー(アル・グリーン)」、『ジャッキー・ブラウン』の「テネシー・スタッド(ジョニー・キャッシュ)」、『キル・ビル』の「修羅の花(梶芽衣子)」、それらとは違う曲が使われていたとしたら、それぞれの作品の評価も変わっていただろう。タランティーノはあと1本長編を作ったら引退するそうだが、最後の作品でもささやかな敗北感を与えてくれることを期待している。
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Written by 藤田庸司
ふじた・ようじ●メディア・トランスレーション・センター(MTC)、チーフ・ディレクター。当校修了後、フリーランスの翻訳者として、主に音楽、バイクなどの番組を担当。映像翻訳ディレクターを務める現在は、昨今のメディア業界のニーズに応えるべく、大量案件を短い期間で納品する「チーム翻訳」を推奨し、さまざまなジャンルを手がけている。
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