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【コラム】JUICE #47「抜け殻のコレクション」●桜井徹二

【コラム】JUICE #47「抜け殻のコレクション」●桜井徹二

小学校からの帰り道、友人と道を歩いている時に誤ってセミの死骸を踏みつけてしまったことがある。
 

しけったスナック菓子のような感触がして、あっと思って足元を見ると、靴のそばに粉々になった枯葉のような羽が落ちていた。それでセミを踏んだと気づいた。踏んだ時には、パリパリともポキポキとも表現できないような鈍い音がした。セミに罪はないけれど、それからしばらくのあいだはセミがなんとなく苦手になった。鳴き声が聞こえてくるくらいは問題ないものの、間近でセミを見ると死骸を踏んだ時の感触が蘇って、少し背筋がこわばった。
 

それから何年か経った夏の午後、家から少し離れた公園に友人と一緒に出かけた。丘の斜面を切り開いたようなところにある日当たりのいい公園で、あちこちに雑木林があった。何の気なしにその林を歩いていると、友人がセミの抜け殻を見つけた。何の変哲もない抜け殻で、考えごとでもしているみたいな様子で木の幹にじっとしがみついていた。
 

その時に初めて知ったのだが、一緒にいた友人はセミの抜け殻をコレクションしているということだった。抜け殻を見つけるたびに家に持ち帰っていたらいつのまにか相当な数が集まっていたそうで、今では家に段ボール箱いっぱいくらいの抜け殻があるという。セミの抜け殻というだけでも少し抵抗があるのに、段ボール箱を開けた中に抜け殻がぎっしり詰まっている様子を想像すると、やはり背筋にぞわぞわとしたものを感じた。
 

友人は僕にその話をすると、カミングアウトしてすっきりしたのか、他にも抜け殻がないかといそいそとあたりを探し始めた。しばらくすると、友人が僕を呼んだ。彼は、周囲の木と比べてふた回りは太い木のそばに立っていた。病気にでもかかったのか、木は地表から3~4メートルの高さから先がばっさりと切り落とされている。そして、残された幹におびただしい数のセミの抜け殻が残されているのが遠目からでもわかった。おそらく、地中から出て木を登り始めたセミたちは、行き止まりに気づいてそこで羽化することを選んだのだろう。そのせいで、普通なら樹上までのあいだに点々と残される抜け殻が、地表から数メートルの範囲に集中して残ったようだった。理由はともかくとして、いずれにしても尋常ではない数の抜け殻だった。
 

奇妙なコレクションをさらに充実させる機会に恵まれた友人は、嬉々として抜け殻を集め始めた。僕は見たことがないほどの数の抜け殻にいくぶん圧倒されて、少し離れたところからその様子を眺めていた。抜け殻はどれも同じような姿勢で、どれも同じように茶色くて、コレクションしたくなるような魅力は感じられなかった。
 

しばらくの間、ぼんやりと木を見ていると、抜け殻の集団から離れた根元に近いところにまだ羽化途中のセミがいるのに気づいた。
 

近づいて見てみると、セミは3分の2ほどが殻から抜け出ていて、お尻の先はまだ殻の中にあった。体は白っぽい緑色をしており、脚や羽の先端はゼリーみたいに透きとおっている。そして殻から抜け出そうと脚で体を押し上げるような動作を辛抱強く繰り返していた。いつのまにか隣には友人がいて、同じように脱皮するセミを見つめていた。
 

セミは僕たちの視線を気にすることもなく同じ動作を続けた。そしてかなり長い時間をかけて、残り3分の1の体を殻から引っ張り出した。セミの体が完全に殻から出ると、友人は躊躇することもなく手を伸ばし、指先で抜け殻に触れた。それから友人は僕の手を取って同じように抜け殻に触れさせた。それは普通の抜け殻とは違って、しっとりとしていて、少し弾力があった。そして驚いたことに、まだ温かかった。僕は思わず「すごい」と言った。友人は勝ち誇ったような顔で僕を見た。
 

そんなことがあって、僕のセミ嫌いはいくらか改善された。友人が段ボール箱いっぱいの抜け殻のコレクションをその後、どうしたのかはわからない。
 

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Written by 桜井徹二
 

さくらい・てつじ●JVTAの映像翻訳ディレクターとして、MTVやBBCのドラマ、ドキュメンタリー、リアリティ番組やMOOC(大規模オンライン公開講座)用字幕などを手がける。本科のほか、明星大学、青山学院大学などの教育機関でも講師を務める。『字幕翻訳とは何か 1枚の字幕に込められた技能と理論』(小社刊)の執筆にも参加。
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