【コラム】JUICE #51「日本を感じる『ご縁』という言葉」●中塚真子
日本人は「縁(えん)」という言葉に弱いですね。かくゆう私もです。「ご縁」という言葉を聞いた途端、これはもう自分の力ではどうすることもできない、無言で受け入れるしかない、良くも悪くも、不可抗力のマジックにかかってしまう――「ご縁」ってそんな言葉ですよね。
「きっとこれも何かのご縁ですね」、「またご縁がありましたら…」、「ご縁がなかったのですね」etc…、仕事でもプライベートでも、きっと皆さんもさまざまな場面でこんなフレーズを使用しているのではないでしょうか。
そして不思議なことに、なぜかこの「ご縁」という言葉を聞くと、ホッと安心したり、気持ちを切り替えられたりはしませんか?
英語のDestinyとはちょっと意味合いが違う、この「ご縁」という言葉に、いかにも日本らしさを感じてしまう今日この頃です。
「ご縁」といえば今年の初詣。賽銭箱の前で財布の中に5円玉がないことに気付き、ちょっとだけ焦りました(笑)(※ご存知の方がほとんどかと思いますが一応説明しておくと、5円玉は「ご縁」という言葉にちなみ、縁起の良い硬貨としてお賽銭に一般的によく使われています)。スマホを慌てて取り出し、[お賽銭 縁起]とキーワード検索をかけると、そこにはこれでもか、というほど「ご縁」の文字が並んでいました。
◎10円(5円玉×2枚)「重ね重ねご縁がありますように」
◎15円「十分ご縁がありますように」
◎20円「二重にご縁がありますように」
◎25円「二重にご縁がありますように」
◎30円(5円×6枚)「六角形のように安定と調和のとれたご縁がありますように」
◎35円「再三ご縁がありますように」
◎40円(5円×8枚)「末広にご縁がありますように」
◎45円「始終ご縁がありますように」
◎50円「五重の縁がありますように」
◎55円「いつでもご縁がありますように」
◎105円「十分にご縁がありますように」
◎115円「いいご縁がありますように」
◎125円「十二分に御縁がありますように」
◎485円「四方八方からご縁がありますように」
「幸運が訪れますように」ではなく、「ご縁がありますように」という願いが、なんとも日本らしい――。頭を悩ませ、とりあえず「五重の縁がありますように」と願いながら、50円玉を賽銭箱へ、ソロリと流し込みました。ちなみにNGのお賽銭にはコチラがありました。
×10円 「縁が遠くなる」
×33円 「散々な縁」
×65円 「ろくなご縁がない」
×75円 「なんのご縁もない」
×85円 「やっぱりご縁がない」
×95円 「これでもご縁がない」
×500円 「これ以上効果(硬貨)がない」
説はいろいろとあるのでしょうが、出雲大社の公式HP(よくあるご質問)には、――
「お賽銭の金額は決まっていますか?」
お賽銭を5円にするとご縁があるとか~(省略)、ガイドの方がおもしろおかしく話を作って案内されるのを聞くことがあります。これは、まったく根拠のない面白おかしくしようとの“ためにする”語呂合わせにすぎません。大切なのは神様に対して真摯な気持ちでお祈りをし、その気持ちをもって日々の生活を送ることです。祈りの心はお賽銭の金額によって、まして変な語呂合わせで左右されるものではありません。
出典:出雲大社「よくあるご質問」http://www.izumooyashiro.or.jp/question
と、きっぱりと書かれています(笑)。
ちなみに賽銭箱とお賽銭について國學院大學の新谷尚紀教授(民俗学)が興味深い学説を述べています。お金のルーツであった「貝」には穴が開いていて、かつては“この世”と“あの世”の出入り口と考えられていた。貝の表はこの世、裏側はあの世と考えられ、生きている人に付いた穢(けが)れ(病気や災いなど)は、貝の穴を通ってあの世に吸い寄せられると考えられていたそうです。そのため、自分の持っているお金(貝)をお賽銭として投げ入れることによって身を清められるという説があり、それが現代のお賽銭を入れる行為につながっているとのこと。つまり、お賽銭はお願いのための代金ではなく、穢れをキレイにはらい清めてくれるという目的があると述べていました。
なんか、お賽銭についてのイメージが180度変わりませんか?
でも、むしろ奥深くてちょっとワクワクしました。
話が少し逸れてしまいましたが、「ご縁」って結局のところ、さまざまなフィーリングやタイミングから、偶発的に発生するもののことなのかな、と思っています。でもどちらかというと、偶発的に発生した出会い(出来事、経験)に対してというより、こういったことを引き寄せてくれた、不可思議な働きかけや力のことこそがズバリ「ご縁」かと。
たったひとつの出会い(出来事、経験)にしても、数えきれない無数の「ご縁」が絡み合って成り立っていて、無数の「ご縁」がひとつでも欠けていれば、この出会い(出来事、経験)はまた違ったものになる――。それどころか、もしかしたらその出会い(出来事、経験)自体が存在していなかったかもしれない――。
そう思いながら、これまでの出会ったさまざまな人や出来事、経験を振り返り、感謝してみることにします。
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Written by 中塚真子
なかつか・まさこ●日本映像翻訳アカデミー・映像翻訳スクール部門スタッフ。JVTAが運営する国際コミュニケーションアーツ学院(GCAI)の運営、子ども向けグローバル英語教育の企画などを担当する。
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