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【コラム】JUICE #56「Disco Elysium」●カイェタン・ロジェヴィチ

【コラム】JUICE #56「Disco Elysium」●カイェタン・ロジェヴィチ

今回は最近ハマったRPG(ロールプレイングゲーム)を紹介したいと思います。
 

皆さんはRPGと言われたら、どのようなゲームをイメージするでしょうか。中世のファンタジー世界を舞台に、魔王を倒したりして世界を救う勇者が主人公、というゲームが浮かぶ方が多いと思います。ところが、ご紹介したいゲームの『Disco Elysium』(PC版発売:2019年10月、PS4発売予定:2020年中)の主人公はアルコール中毒者のおじさんです。
 

トップ画像の候補_
 

酔いどれ刑事が港町の殺人事件を追う!
港町で起きた殺人事件を追及するよう手配された刑事という設定です。でも、世界を救うどころが、事件が起きた町について間もなく記憶喪失するほど飲みつぶれてしまいます。パンツ一丁のままで、酷い二日酔いとともに、刑事は事件の真相を追及しながら、自分が何者か、何を忘れたくてそこまで飲んでいたかという謎を解かなければなりません。格好悪そうな主人公に聞こえるかもしれませんが、『Disco Elysium』は革命的と言っても大げさじゃないゲームだと確信しています。なぜ、遊び始めてすぐ一目惚れしたか話したいと思います。
 

舞台は戦後の東欧の雰囲気が漂う町、レバショール。現実とは全く違う歴史をたどった架空の世界です。レバショールは「連合軍」の占領の下に置かれています。海外企業を誘致すべく、レバショールをタックスヘイブンにした連合軍は、貧しい生活を送っている市民を置き去りに。その中で、港湾労働者の組合はマフィアのような存在として港湾周辺の街の実権を握っています。そして、殺された男はその組合について調べていたという噂も飛び交います…。
 

現場_
 

ユニークすぎる形で導入された定番”RPG要素”
見た目と操作はレトロな西洋RPGに近いです。斜め上の視点から主人公とゲーム環境を見下ろして、主にマウスを使って操作しています。画像でご覧いただける通り、環境やキャラのプロフィール画像は特有な絵画のようなタッチで描かれています。プレー中は街の探索やアイテム探しすることも多いですが、ゲームの中心になっているのは会話です。町の住民と話したり、証人や容疑者を取り調べたりすることによって、事件の真相に近づきます。主人公の発言によって調査の方向性や、話し相手のNPC(non player character)の行動が変わりますので、慎重に選ぶ必要があります。戦うことはほぼなくて、多くのRPGが採用している戦闘システムは全くありません。
 

え、それがRPGなの? ミステリー系のアドベンチャーゲームだろう? と疑問に思ってもおかしくありませんが、正真正銘のRPGです。デベロッパーの「ZA/UM」のデザイナーたちはTRPG(テーブルトークRPG)のベテランで、TRPGならではのプレイヤーの心に響くロールプレイと、奥行きのある世界観をどのようにビデオゲームにできるか工夫した結果、Disco Elysiumを生み出しました。彼らにとってTRPGの”RP”に該当するロールプレイというのは、モンスターを倒す勇者になるよりも、さまざまな失敗やトラウマを負っている不完全な人間になってみるというものです。しかし、同時に「パーティー」、「スキルシステム」、「属性」といった通常のRPG的な要素もほとんど揃えています。ただ、それぞれユニークな方法で導入されていて、どれもとても斬新に感じます。
 

まず、RPG定番の「パーティー」(一緒に冒険する仲間)でいうと、警察物というジャンルのお約束通りに、主人公に相棒がひとりついています。ヘタレの主人公とは逆に、キム・キツラギ刑事はしっかりしていて、記憶を失ったにもかかわらず事件を解決しようとしている主人公をサポートします。パーティーメンバーが一人だけとは、つまらないな、と思ってしまうかもしれませんが、キツラギ刑事は仕事のやり方から趣味、政治に関する意見まで持って、奥行きのあるキャラです。これまで集めた情報について議論したり、二人がかりで容疑者を尋問したりすると、刑事ドラマの中に没入した感覚になります。
 

次に、スキルシステムです。こちらはDisco Elysiumの最も輝くところ。スキルは知性、精神、肉体、運動神経という4つのカテゴリーに分けられています。小さなな手がかりに基づいて脳内のイメージとして事件現場を再構築する「ビジュアル・カルキュラス」(視覚的推理能力)、相手の振る舞いは演技かどうか見抜く「ドラマ」といった警察官らしいスキルもありながら、”周りにあるものを美術として見る能力”や”街を生き物として捉えて、その囁きに耳を傾ける能力”といったかなりシュールなスキルもあります。どれも、デザイナーがふざけて入れたものではなく、実際事件を調べる際に役に立つものです。どのスキルも数字で示されるレベルがあって、高ければ高いほど、それに該当するアクションが成功する確率が上がる、というごく普通の仕組みもあります。さらに、それぞれのスキルは人格を持って、脳内に響く声として主人公に呼びかけるというかなり斬新なシステムです。NPCと会話中のときでも”ドラマ”が「我が主、この方は嘘を言っていると思われます」ささやくとか、”豆知識”が「さっき会話で出てきた地名なんだけど、それは…」と情報を共有するとか、”修辞学”が「この発言には矛盾あり!」と割り込むとか。それぞれのスキルがツッコみながら、情報を提供してくれます。これによって、事件を調べる刑事は現場を眺めるだけで真実に悟るような天才ではなくて、場合によって矛盾し合うこともある思考やアイデアを探りながら、真相にたどり着こうとしている人間として描かれているところが非常に面白いです。ちなみに、どのスキルをレベルアップすることによって、同じ取り調べを別の側面からアプローチできるところも、このゲームの魅力のひとつです。
 

スキル画面_
 

さまざまな思想に出会う主人公
最後に話したいのはDisco Elysiumにおける「倫理属性」です。ここでいう属性というのは世界的に有名なゲーム「ダンジョンズ&ドラゴンズ」が導入した、キャラの倫理と道徳上の姿勢を測るシステムのことです。ファンタジー設定だと、善か悪、秩序か混沌という軸にしたがって、キャラの価値観を測ることが多いですが、Disco Elysiumは現実世界により近い「政治思想」のシステムを導入しています。ゲームを進めるにつれて、さまざまな思想に出会って、それを自分の価値観に取り入れたり、否定したりすることができます。舞台であるレバショールを探索する際にたびたび経済的自由主義、フェミニズム、共産主義、中道政治、ファシズムなどを主張しているキャラに出会います。また、会話中にプレーヤーが選んだ主人公の発言によって、主人公は自らさまざまなイデオロギーに目覚めることがあります。「Thought Cabinet」という”思考管理画面”では接触したアイデアの一部を選んで、より深く追究することができます。それによって主人公の性格やスキルが変わることがあります。これまで遊んでいたRPGの中では主人公の行為や発言は世界に大きな影響を及ぼすことを描くゲームが多かったですが、このように主人公が考えていることに焦点を当てるゲームとはDisco Elysiumが初めてです。
 

 Disco Elysiumは、探索できる場所はレバショール市の港町だけです。『ウィッチャー3』『ゼルダ:ブレス オブ ザ ワイルド』といったオープンワールドゲームの時代の中では、かなり規模の狭い作品。しかし、その狭い規模の中で本当に革新的な試みが見られます。ゲームの世界を探索する同時に、主人公の政治思想や世界観を開発するとても珍しいゲームだと思います。しかも、ロールプレイというキーワードを常に念頭に置いて作られたゲームだと強く実感できます。「職業システム」などはないので、やむを得ず警察官になりますが、どういう警察官になるかは本当にプレーヤー次第です。みなさんもぜひ、遊んでみてください。
 

デベロッパーの正式HP(英語のみ)
https://zaumstudio.com/
 

GOG(ゲーム販売サイト)での商品サイト(英語のみ)
https://www.gog.com/game/disco_elysium
 

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Written by カイェタン・ロジェヴィチ
 

ポーランド出身。ヤギェウォ大学言語学部日本学修士。同大学大学院在学中にインターン生としてMTCに勤務。現在はJVTAで、映像制作プロジェクトを手がける。

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