【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #14
変身してください●小笠原ヒトシ(バリアフリー事業部プロデューサー)
バリアフリー字幕では、映像中の音声を聞き起こして文字にするため、“異字同訓”の使い分けには注意を払っています。「替える」「変える」「換える」「代える」など、前後のセリフから意味をとらえて正しい漢字を選ばなくてはならないからです。
また“同音異義語”は「降下」「硬化」「高価」「硬貨」「効果」など発音が同じで意味が異なる語です。文字を見ればどういう意味かがパッと伝わる反面、音を聞くだけでは分かりにくいのが特徴です。そういった点から、音声ガイドではできるだけ漢語は避け、「降下」ではなく「降りる」、「硬化」ではなく「硬くなる」となるように和語で表現することになります。
こういった言葉のチョイスは、字幕制作者や音声ガイドディスクライバーにとっては基本中の基本なのですが、気を抜くとすぐに誤変換や誤用をしてしまいます。私は、特撮戦隊シリーズの字幕制作をしていたとき、ライターの皆さんに「確認のため、メールを受信しましたら、毎回、変身してください」と書いてしまいました。連絡メールの文面とはいえ、言葉のプロとしてはいただけません。
うっかりのケアレスミスも困ったものですが、それ以上に深刻なのは、音声ガイドの原稿などで間違った表現を間違いだとは知らずに使うケースです。
「満天の星」は空いっぱいに星が輝いている様子を表す言葉で音声ガイドではよく使われるフレーズです。ただ、「満天の星空」もよく目にします。しかしこれは「天」と「空」は同じ意味なので重複表現になり、間違った表現となります。「満面の笑顔」も同様に、正しくは「満面の笑み」ですね。
「にやける」というのは、にやにやした様子ではなく、男が女のようにしているさまを表す言葉です。しかし実際には、薄笑いを浮かべているという意味だと思っている人がたくさんいるようで、「にやにやする」という言葉と音感が似ていることが原因といわれています。
そのほかにも「目を細める」という慣用句は、微笑ましく思って笑顔になっている様子のことです。怖い顔でにらんでいるようなとき、確かに目を細くしていることがありますが、この表現は使えません。この場合は「眉をひそめる」などを使います。「高みから見下ろす」とは単に高い所から下を見ているのではなく、上から目線で見下しているようなときに使うフレーズです。
日常的に間違って使っていた言葉には、罪のない微笑ましいケースがあります。バーベキューを楽しんでいたとき、友人が「野菜は切って、ジッポリックに入れてきた」と、ファスナー付きのプラスチックバッグを取り出しました。音が似ているためか、ずっとそう思い込んでいたとのこと。先日同僚から聞いた話では、母親が「こぢまりんとした」とよく言っていて子供のときは間違えて覚えていたそうです。これは「こぢんまり」ですね。
コロナ禍の今、外出控えめな毎日を送っていると、ついつい長い時間パソコンの画面やスタジオのモニターばかりを見ている生活になっています。たまには気を抜いて、文字のことも忘れて、都心を離れてリアルな「“満点”の星空」を眺めたくなってきました。
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Written by 小笠原ヒトシ
おがさわら・ひとし●JVTAバリアフリー事業部プロデューサー。北海道生まれ。ハリウッドでの映像制作などを経て、現在はバリアフリー字幕と音声ガイド制作の指揮をとるかたわら、MASC×JVTA バリアフリー視聴用音声ガイド&字幕ライター養成講座で字幕制作者の育成を行う。「M-1ビザLA留学コース」のアドバイザーも担当。
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「Fizzy!!!!! JUICE」は月に1回、SNSで発信される、“言葉のプロ”を目指す人のための読み物。JVTAスタッフによる、示唆に富んだ内容が魅力です。一つひとつの泡は小さいけど、たくさん集まったらパンチの効いた飲み物に。Fizzy! なJUICEを召し上がれ!
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