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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #22
映画『街の上で』を見て●桜井徹二(学校教育部門)

【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #22<br>映画『街の上で』を見て●桜井徹二(学校教育部門)

先日体調を崩したため、しばらくの間、自宅にこもって療養期間を過ごした。平日の日中はテレワークで仕事をし、夜には映画を見たりして過ごしていた。だが週末になって仕事から離れると、ふと、「やることがない」ことに気づいた。映画鑑賞や読書のほかにこれといってやることがないのだ。
 

人と交わる趣味もなく、友達もほとんどいないことは以前から自覚している。そもそも人との面倒な関わりを避けたいがために映像翻訳の道を選んだという一面もある。最近では人付き合いの少なさにうっすらと不安を覚えはじめていたが、改めてこれはまずいと思った。年を取って仕事さえなくなったらどんな毎日を過ごすのだろう? これといってやることも他人と言葉を交わすこともなく、ただぼんやりして一日が終わるのをじっと待つ。できることならそんな老後は避けたい。
 

そんな時に、『街の上で』(今泉力哉監督)という映画を見た。東京・下北沢を舞台にした作品で、主人公は古着屋で働く若者、青(あお)だ。青は映画冒頭で恋人にフラれてしまうが、ある女性監督に自主制作映画への出演を依頼される。それを引き受けたことで新たな出会いが生まれ、そこから日常にちょっとした変化が訪れる、といったストーリーだ。主人公の青はいわゆる文化系で、どちらかと言えば口下手であまり活発な人間とは言えない。店番中は本を読み、夜はふらっとライブを聴きに行ったあとで馴染みのバーに行くくらいで、これといった趣味がありそうには見えない。友人らしい友人もいなそうだ。
 

僕は20代のころ、下北沢の近くで働いて下北沢のすぐそばに住んでいた。劇場やライブに出入りするようないわゆる下北沢住人らしい生活ではなかったが、それなりに長い時間を過ごした思い入れのある街なので、画面に映る風景の多くに見覚えがあった。そして僕は下北沢界隈に住んでいた当時も、そして今も、あまり変化に富んだとはいえない毎日を送っている。そんなこともあって、見ているうちに主人公の青にどことなく親近感を抱き始めていた。映画や小説には、自分とは性格や行動、人種、時代、性別の異なる人物を描いているのに、なぜか自分のことを描いていると感じさせる作品がある。この作品もそういう作品に思えた。
 

だが、それも途中までだった。青は確かに大人しくて決して社交的な人物ではない。でも、映画出演者の控室で同席した有名俳優に恐る恐るながらも話しかける。思い詰めたような様子の古着屋の客に対して、やはり恐る恐るながらも声をかける(相手にはスルーされるが)。明らかに場違いだった映画撮影スタッフとの飲み会のあと、盛り上がって二次会に向かう人々と別れて去ろうとする際には誰も聞いてなくとも「それじゃ僕はこれで帰ります」としっかり声に出して言う。そうした言動によって青の毎日は変化していく。その変化は良きものもそうでもないものも、どれも魅力的に映る。
 

かたや、もし僕が場違いな飲み会に誘われたらどうするか? まず、そもそも参加しない。万が一参加したとしても、その場からそっと去る方を選択するだろう。「だろう」というか、正直に言えばそういう経験は何度もある。やはりこれではまずい。そういう“面倒”を避けていく先に待つのは灰色の毎日でしかない。
 

日々机に向かって映像翻訳の勉強や仕事に励んでいる方の中にも、人との関わりが苦手だったり、面倒に感じていたりする人もいるはずだ。でも、たとえ短期間でも人と関わりを深めてみることで、人生が少しだけカラフルになることがあるかもしれない。視野が広がって仕事や勉強に今以上に身が入ることもあるかもしれない。青の行動1つ1つは大したことではないけれど、それによって小さな出会いが起き、物事が動き出し、日常に彩りが生まれていった。僕もほんの少しでも考えを改めてみようと思わされた作品だった。
 

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Written by 桜井徹二
日本映像翻訳アカデミー・学校教育部門
さくらい・てつじ●JVTAの映像翻訳ディレクターとして、MTVやBBCのドラマ、ドキュメンタリー、リアリティ番組やMOOC(大規模オンライン公開講座)用字幕などを手がける。本科のほか、明星大学、青山学院大学などの教育機関でも講師を務める。『字幕翻訳とは何か 1枚の字幕に込められた技能と理論』(小社刊)の執筆にも参加。
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