【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #30 年末年始に読んで(読み返して) 翻訳へのモチベーションを上げる「2冊」●丸山雄一郎(「日本語表現力強化コース」主任講師)
2022年もまもなく終了。年末年始の休みも近いということで、今回は「翻訳のモチベーションを上げてくれる」2冊を紹介したい!
①『翻訳夜話』 著者:村上春樹、柴田元幸(文春文庫)
JVTAの受講生、修了生にはおなじみの一冊だが、久しぶりに読み返してみて、改めて“翻訳”の面白さに気づかされた(翻訳者という仕事の面白さとも言えるが)。著者の柴田さんは私が言うのもおこがましいが書籍の翻訳に関して言えば「日本で最も日本語表現力が高い」翻訳者だと思う。それ故、ご自身の好みももちろんあると思うが、翻訳が難しいであろう作家の本ばかり出版社からお願いされるのでは?と考えてしまう(エドワード・ゴーリーやフィリップ・ロスなどがいい例だ)。その柴田さんがこの著書の中で「自分にしっくりくる言葉には限りがあって、それを活用するしかない」と、類義語辞典を使うことや「日本語を磨く」という行為に対しての思いを述べている。これは決して辞典や言葉を磨くことを否定しているのではない。言葉を調べ、日本語力を高めていったとしても結局、それが自分の言葉になっていないと原稿には使えない。つまり、私たち(映像翻訳者)は常に「自分にとってしっくりくる言葉を探していく」しかないと述べているのだ。映像翻訳者という仕事はなんと大変で、でもやりがいのある職業(生き方)なのだろうと思えないだろうか。
②『日本人のための日本語文法入門』 著者:原沢伊都夫(講談社現代新書)
日本語表現力の講義の中でも文法に触れているせいか「いい文法の本はありませんか?」とよく問われる。数年前までは、いくつか書籍名を挙げてきたが、「文法だけにとらわれてはいけない。それは日本語を作ることを困難にする」という持論から最近はあえて書籍名を伏せている。ただ、自分自身は絶えず文法関連の書籍に目を通しており、最近読んだ中ではこれが一番分かりやすく、しかも日本語の構造をやさしく解説してくれている。翻訳に役立つ内容もある。例えば、一文の中に使われている単語と述語との関係を文法上「格関係」、各関係を示す助詞を「格助詞」と呼ぶが、格助詞は全部で9つあり、その中の「へ格」は方向を表す、「に格」は場所や時、到達点を表すとある。この文法に則って考えると、下記のA、Bの文章にはそれぞれ何の助詞が入るだろうか?
A. 南●向かう
B. 会社●行く
答えはAが「へ」。Bが「に」だ。私の講義でも聞いたことがある人もいるかもしれないが、「南、北といった大きなものをとる際には“へ”、会社や学校といった具体的な場所には“に”を使いなさい」と教えてきた。もう少し詳しく言うと、「南、北という言葉から連想する景色は人によって違う。つまり大きなものなので「へ」。会社、学校というのは規模の大小はあれど多くの人が想像するものに大きな違いはない。だから「に」なのだと。これが文法を根拠にしていたことがこの本から分かるというわけだ。ただし、紹介しておいて何ではあるが、こうした翻訳にもちょっと役立つ内容はあるものの、あくまでも日本語の面白さ、文法的な仕組みを解説している本としてとらえてほしい。断じて日本語表現のテクニック的な本ではない。私が講義の中で文法に触れているのは、翻訳をしていれば誰でも助詞に迷う場面があり、その迷いを少しでも早く解消してほしいからだ。そのため知識としての文法ではなく、ある種のテクニックとして役立つ文法をお教えしているはずだ。この本を紹介した理由は皆さんが翻訳者として、受講生として関わっている日本語の奥深さや、著者が言うところの日本語の“本当の姿”を知ってもらい、日本語の面白さに気づいてほしいからだ。皆さんの日々の仕事や学習で触れる「日本語」はこんなにも深く、それを専門に研究している人も大勢いる。私たちはそんな世界に挑んでいる。やる気にさせられますよね?(笑)
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Written by 丸山雄一郎
まるやま・ゆういちろう●日本語表現力強化コースの主任講師。学生時代からJVTA代表である新楽直樹に師事し、ライターとしてデビュー。小学館「DIME」「週刊ポスト」「週刊ビッグコミックスピリッツ」などでライター、編集として活動後、講談社「週刊現代」「FRIDAY」「セオリー」などで執筆。現在は、映像翻訳本科のほか企業の社内研修でも講師を務める。
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