【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #5
吹き替え版制作の舞台裏●板垣七重(MTC映像翻訳ディレクター/講師)
みなさんは、映画やドラマを吹き替え版で見るのは好きですか? 吹き替え版が大好きだという方も、たまになら見るという方も、制作の裏側って気になりますよね? そこで今回は、吹き替え版制作の工程を簡単に紹介したいと思います。
字幕版は、字幕翻訳ができたらそれを映像にミックスさせて完成です。それに対して、吹き替え版は、吹き替え翻訳をしてから完成するまでに「音声収録」という工程が入ります。声優さんが台本を読み上げ、それを録音する工程です。
音声収録は、ポストプロダクションと呼ばれる撮影後の工程を担うスタジオで行います。大手のスタジオから個人経営の小さなスタジオまで、東京都内だけでもたくさんあります。声優さんが大勢集まって広いブースに入り、自分の出番になったらマイクの前に来てセリフを読むという収録スタイルは、テレビでもよく紹介されますよね。実は、大勢の声優さんが一堂に会して収録をするスタイルは日本ならでは。欧米などでは、ひとりずつ来て小さなブースに入り、自分のセリフだけを収録するというスタイルが主流です。最近では、効率がいいということでこのスタイルを採用する日本のスタジオも出てきています。
収録現場には、声優さんたちに加えて演出家と呼ばれる人が必ずいます。演出家さんはその名の通り、声優さんたちに演技の指示を出す人で、収録の進行管理も担います。ブースに入った声優さんは、まずはテストでワンシーンのセリフを読み上げます。このとき、もし声のトーンがキャラクターとずれていたり、演技がずれていたりすると、演出家さんが修正の指示を出します。修正を経て声や演技の方向性が固まったら、冒頭から順に収録していきます。演出家さんは、ひとつひとつのセリフのニュアンスや話者の心情だけでなく、作品の背景や舞台となっている場所の文化、監督や脚本家の特徴なども踏まえて指示を出すので、指示を聞いているだけでもとても勉強になります。
さらに驚くのは、指示に的確に応える声優さんたちの演技力です。喜びや悲しみ、苦痛などを声だけで表現する能力はもちろんのこと、たとえば声優さんの演技が登場人物より少し年上に聞こえた場合は、演出家さんが「声を10歳若くして」と指示を出せば瞬時に10歳若い声に調整することができます。同じ声優さんが、サッカーの試合のガヤなどで、お母さん、女の子、男の子の声をすべて担当するのも珍しくありません。ハリウッドの人気俳優を担当する声優さんの収録に立ち会ったときは、ただただその深みのある声に聞き惚れてしまいました(これはただの個人的な感想です…笑)。
翻訳者にとって、声優さんの演技力で自分の台本が生きたセリフになる瞬間は、感動します。それに、実際に読んでもらうことで、セリフの表現がぎこちなかったり、尺が合わなかったりと、台本の改善点に気が付くこともあります。翻訳者は時間の許すかぎり音声収録に立ち会いますが、それは現場のフィードバックを受けることがスキルアップにつながるというのが一つの理由です。
音声収録が終わると、次は録音したセリフを効果音や音楽などと一緒に映像にミックスさせていきます。音声収録からここまでの一連の流れを専門用語で「MA(エムエー)」と言ったりします。そしてできた吹き替え版映像が、映画館で上映されたり、動画配信サービスのサイトで配信されたりします。
吹き替え版制作の工程から分かる通り、吹き替え翻訳は、声優さんや演出家さんといったプロフェッショナルたちとのチームワークで成り立っています。それが吹き替え翻訳の面白さだと思います。次回、吹き替え版の映画やドラマを見るときは、こんな裏側があるのだということを思い出してみてください。見るのがもっと面白くなるかもしれません。
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Written by 板垣七重
いたがき・ななえ●映像翻訳ディレクター。日本映像翻訳アカデミー修了生。課外講座「120分でマスター! 最強の調べもの術」などの講義も受け持つ。
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