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中島唱子の自由を求める女神inBLG

中島唱子の自由を求める女神 第4話 「川の匂いと大きな笑顔」

中島唱子の自由を求める女神 第4話 「川の匂いと大きな笑顔」

中島唱子の自由を求める女神

中島唱子の自由を求める女神
Written by Shoko Nakajima 

第4話 川の匂いと大きな笑顔
言語の壁、人種の壁、文化の壁。自由を求めてアメリカへ。そこで出会った事は、楽しいことばかりではない。「挫折とほんのちょっとの希望」のミルフィーユ生活。抑制や制限がないから自由になれるのではない。どんな環境でも負けない自分になれた時、真の自由人になれる気がする。だから、私はいつも「自由」を求めている。「日本とアメリカ」「日本語と英語」にサンドウィッチされたような生活の中で見つけた発見と歓び、そしてほのかな幸せを綴ります。

 
新しい街で部屋を探して住みだすとき何故か、ワクワクする。ましてや、外国での家探しは格別だ。ウディ・アレンの映画に出てくるような廊下の長い古いアパートに住んでみたい。倉庫を改造したロフトも魅力的だ。あれこれ物件を見て歩いているうちに、現実が見えてきてそんな憧れが遥か彼方へと飛んでいく。もちろんお金さえ払えば夢のような物件は存在するが、留学生の私には手が届かない。賃貸の契約も学生や外国人ではなかなか審査が通らないので、ルームメイトやサブレットで入居するしかないのだろう。
 

空き部屋率が1%だというマンハッタンの中で、違う国からやってきた異邦人が部屋を探すのは至難の業だ。
 

そんな時、家探しを心配した咲ちゃんが助っ人を紹介してくれた。ニューヨークに長年住む美代子さんだ。美代子さんの近所に家具付きの空き部屋があるという。「no feeよ」と美代子さんは大きな笑顔で待ち合わせ場所に現れた。「no fee」とは不動産屋さんの手数料がかからない契約のようだ。物件はアッパーイーストサイドで家具付きの1LDKの古いアパート。お家賃も相場よりも安い。
 

ドアマンのいるような豪華なロビーはないが、入り口がオートロックで簡素なところが気に入った。地下にランドリーがついていて、エレベーターなしで五階建てのタウンハウスである。
 

美代子さんは初めて会った人とは思えないほどの大きな笑顔で明るい。近所を案内してくれながら「アッパーイースト愛」を語りだす。
アッパーイーストとは、マンハッタンのセントラルパークを挟んで東側に位置している。
「西側をアッパーウエストといってヤッピー族がいっぱい住んでいるのよ。だから街の流れが速くてね、その点アッパーイーストは、緩やかな空気が流れているの。」
大雑把そうな美代子さんのざっくりとした分析である。
 

ヤッピー族とは、都会の若いエリートサラリーマンたちのことである。東側は年齢層が高いぶん、地下鉄よりもバスを利用する人が多い。通勤時間の混み具合が違うという分析らしい。
申し込みを入れて契約まですごい勢いで済ませ、やっと引っ越しできたのはその年の年末だった。
 

小さい腕時計で、部屋の中で一人、カウントダウンをした。淋しさよりワクワクが止まらない。
 

翌朝、目が覚めた新年は、雲一つない青空が広がる清々しい朝だった。
 

日本のマンションよりも遥かに天井が高く、キッチンも大きな冷蔵庫とオーブンのついたガス台がある。年数の経った古いアパートで床は多少の傾きがあるが、無垢材の硬いフローリングでとても趣がある。
簡素な壊れかけた家具だけれど、ないよりマシで家具を買わずに済む。少ない荷物をほどき自分の空間ができたら不思議と力が湧いてきた。
 

住みだしてみて、美代子さんがいう「緩やかな空気」の意味がなんとなくわかった気がした。
 

新居の部屋は、アッパーイースト側の77丁目の駅から、東へと歩いて5分ほどのところだった。駅から数ブロック進むと低層階のタウンハウスが続く。すぐ近くをイーストリバーが流れている。大都会のニューヨークを背中で感じながら、川にむかって歩いていくとだんだんと空が広がっていく。
 

そして、自分の家が近づいてくると、うっすらと川の匂いがしてくる。幼少期に過ごした柴又の町と同じ香りだ。
 

この「緩やかな空気」に包まれながら家路につく時、何とも言えない安心感に包まれる。美代子さんの大きな笑顔と川の匂い。近くにそんな空気があるだけで、安心する。ラグジュアリーな高級アパートのドアマンたちのように最強に思えてくるから不思議だ。大都会の片隅の穏やかな空気の中で私のニューヨーク生活が始まっていった。
 

写真Written by 中島唱子(なかじま しょうこ)
 1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。

 
 

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