中島唱子の自由を求める女神 第6話 暗黒の転校生
中島唱子の自由を求める女神
Written by Shoko Nakajima
第6話 暗黒の転校生
『なぞの転校生』というドラマが一世を風靡した時、私はまだ小学生だった。三歳上の姉は夢中になって再放送を観ていたが、私は怖いホラー話と勘違いし初回で観るのをやめてしまった。
この番組の影響か、学期が始まる頃やってくる転校生たちは、「謎の人物」として注目される。新興住宅地に住んでいたせいか、学期ごとに数人の転校生がやってくる。このドラマの影響でしばらくは、特殊な能力をもっていて学校を引っ掻き回す人物なのではないか?とヒソヒソと生徒は噂した。数週間もすれば、その噂もなくなり、クラスに溶け込んでしまう。いいにつけ、悪いにつけ「転校生」という存在は注目されてしまう。私は遠目から「転校生」にだけはなりたくないと思っていた。
7歳の頃、両親が離婚。生まれた町の柴又を離れて、父が新興住宅地に建売住宅を購入した。千葉の畑に囲まれた小さい家で父方の祖母といっしょに暮らしだした。ところが、14歳の夏、父が狭心症でわずか42歳で他界してしまう。その日を境に、私の生活環境が一変していく。それは私が恐れていた「転校」と音信不通だった母との暮らしだった。
東京の学校に転校したのが、中学生の秋だった。急な転校で制服が間に合わず、私だけ田舎の学校のセーラ服を着て登校して垢ぬけない。新しい環境で学校にも母との暮らしにも馴染めずにいた。故郷に帰ってしまった祖母のこと、亡くなった父のことを思いながら、一人隠れて泣いていた。10代ではじめて感じた巨大な喪失感と孤独。いろんな感情を押し殺しながら暮らす日々は、マンホールの中に突き落とされたような「暗黒の世界」である。気が付くと毎日地面ばかりをみつめて歩いていたように思う。
ある日、教室でいつものように下を向いて座っていると、机の角をコツコツ叩く小さい手が見えた。顔をあげると、クラスの中でも目立たない二人組の女の子だった。「理科室へ一緒に移動しない?」と誘ってくれたのだ。新しい学校で最初にお友達になってくれたおーちゃんと岸べぇだった。
学校の帰り道も公園のブランコで夕方までしゃべった。「おーちゃん、早く帰らないと家の人心配するよ?」と訊くと、「ううん。今日はお母さんが夜勤でね。妹とお留守番なの」と言って日が暮れるまで一緒にいてくれた。おーちゃんの家は母子家庭で看護師のお母さんは夜勤で働いている。岸べぇは習い事で忙しくて、一緒に公園にいけないことをとても残念だと言っていた。
おーちゃんに、私の複雑な家庭環境を公園で打ち明けた日。「ショーコも、いろいろと大変なんだね」とブランコをゆっくり揺らしながら話を聞いてくれた。あの日の出来事は鮮明に覚えている。あかね色の夕焼けに反射したおーちゃんのさらさらした髪の色と優しい顔は一生忘れない。いつしか心を開いていろいろな話をしていたら、淋しかった心に光が差し込んできて元気になった。
なんでもない私の話にも「ショーコは、本当におもしろいね」とケラケラ笑う二人。教室の中で一番地味だった二人がいつも笑っている姿に周りの生徒が寄ってきた。他のクラスからも「ショーコ、いる?」と休み時間に廊下に呼びだされ、「面白い話をしてよ」と催促されてしまう。違うクラスの人から友達申請が殺到しても、おーちゃんと岸べぇは、「ショーコが人気者になってくれて嬉しい」と友達が増えていく度に喜んでくれた。
中学校の卒業式が近くなり。父兄や生徒を集めての大きなイベントで演劇をやることになった。ある日、生徒会のメンバーがクラスにやってきて、主要の出演者として参加してくれないか?とキャスティングされてしまった。演目は『回転木馬』。私は主人公・ビリーをいじめるマリン夫人の役だ。
リハーサルの時は、悪役なんて嫌だと思っていたのに、いざ、舞台に立ち芝居をした途端に我を忘れて激しい気性のマリン夫人になる。無我夢中で違う人間を演じる時、自分の中のマグマが噴き出したような衝撃を覚えた。抑圧された感情が溢れ出す。演じながら、本来の自分が解放されていく心地よさは今まで体感したことない歓びだった。
芝居を終え、大きな拍手に包まれて舞台を降りた瞬間に体が震えだし、心身共に高揚感に包まれた。終演後は、他のクラスの友達が興奮を伝えるために一挙に私の周りに集まってきた。
その輪から離れた会場の出口の隅っこでこの光景を嬉しそうにみているおーちゃんと岸べぇ。しばらくして、人だかりがいなくなるのを待って、二人は私のもとに来て満面の笑みで「ショーコの演技すごく感動したよ。クラスに転校してきた時から、ショーコはそういう才能のある人だとずっと思っていたよ。」とおーちゃんと岸べぇはちょっと、涙目で笑っている。会場の体育館に、西日が差して二人の顔がオレンジ色に輝いている。その姿があまりにも優しくて私も思わず泣いてしまった。悲しみの涙ではない。感動の涙である。
「暗黒の転校生時代」を、おーちゃんと岸べぇの存在で救われた。大人になった今でも、真っ赤な夕焼けに遭遇するとあの時の二人の優しい顔を鮮明に思い出す。さりげない一言であっても、一生を決める「励ましの言葉」になる。この二人が臆病な私の背中を押してくれて「演劇」という重い扉をあけてくれたのだ。
Written by 中島唱子(なかじま しょうこ)
1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。
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