中島唱子の自由を求める女神 第8話 Long Shadow 今も私の心の中で輝き続けるひと
中島唱子の自由を求める女神
Written by Shoko Nakajima
第8話「Long Shadow 今も私の心の中で輝き続けるひと」
「理念よりもリアリティーを」「虚像よりも実像を」「事実よりも真実を」今も忘れない山田太一さんの脚本は闇をも光に変えてくれる不思議な力があった。
1983年テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』のオーディション会場で私ははじめて山田太一さんにお会いした。私はその時、まだ高校生だった。
もし、私があの時、山田太一さんに出会っていなければ、俳優にはなっていなかっただろう。まさしく、人生が一変した瞬間だった。浮き沈みの激しい世界の中で地味ではあるが俳優の仕事を続けてこれたのも、山田さんのおかげだ。「あの時、あの子を選んでよかった」と言ってもらいたくて「“岩”にかじりついても、いい役者になろう。いい仕事をしよう。」とデビューからいままで、どんな役でも、必死に取り組んできた。
「どうこのセリフを言うかではなく、なぜこの台詞なんだろう。」そう脚本と対峙することを教わり、演出家からは徹して「役の存在感とリアリティー」を求められた。その経験は、今も変わらない役へのアプローチになっている。
デビューしてから30周年の節目の時、私はお祝いのどら焼きをもって、山田さんと赤坂TBSの近くの喫茶店でお会いした。元気な山田さんにお目にかかったのはその時が最後となってしまった。
その後の10年間は激動だった。パンデミックが襲い、テレビや映画、舞台までも大きな打撃を受けた。撮影が止まり、劇場も閉鎖され、この間人々の生活様式すら変わってしまった。
俳優しか経験のない私が日本映像翻訳アカデミー(JVTA)で映像翻訳の修業をはじめたのは、ちょうど2年前のコロナ禍の時だった。基礎クラスをロサンゼルス校で受講し、JVTA東京校の実践コースを修了した。授業に参加することを目標に、必死に事前課題に取り組んだ。エクセルもZIPファイルも知らない、昭和のアナログ世代の私にはわからないことだらけで、ある意味無謀な挑戦だった。言葉と格闘した時間も映像字幕の細かいルールも、ただ、新しいことを知っていく喜びと嬉しさで毎回の授業が楽しかった。
英日実践コースを無事に修了した時は、プロの翻訳者という山の頂も見えている気がして、現実味に溢れていた。しかし、トライアルの結果がでる度にその希望も消えていく。あれだけ必死に学んだ映像翻訳の字幕のルールも手の平からポロポロと落ちていく。自主学習で復習するしかないのに、気持ちだけ焦り、「プロになるのは難しい、私には無理な挑戦だ。」頭をよぎるのはやめるための様々な言い訳のオンパレードだ。
2023年11月29日。恩師である脚本家の山田太一さんが逝去した。
私が英日の実践コースを修了したわずか、1カ月後の訃報だった。
何度かお手紙を書いて近況をお知らせしようか迷っていた。でもきちんと結果を出してから報告すべきだという躊躇いもあって、もしトライアルで合格してプロになれたら、必ず報告しようと心に決めていた。私の新しい挑戦に、山田さんはキラキラした目ですこし驚いて、きっとあの優しい笑顔をみせてくれるだろうか?もっと、会いたかった。報告したかった。そして、たくさんの感謝を伝えたかった。その時からこの1年間。私はもっと深いところで、山田さんを思い出し、語りかけ、何かを問い続けている気がする。
そして、いまもあの時から報告したかった字幕翻訳に挑戦している。
私が山田作品に出会っていなかったら、映像翻訳に辿り着いていなかっただろう。一つの作品を通して字幕に向き合い、役者として山田作品から教えてもらった言葉の重みをひしひしと感じている。これからも私の側で励まし続けてくれる山田さんの声が聴こえる。
「唱子さん、挫折こそ、宝物だよ。挑戦こそ、あなたを輝かすエネルギーだよ。」
沈みかける太陽が背後から光を放ち私の前に大きな影となって現れる。
山田さんの存在は私の目の前をいつでも照らしてくれるLong Shadowとなって大きな力を与えてくれている。だから、私は言葉の力を信じてこの山を登り続ける。山田さんの笑顔が鮮明に見えるその時まで。
★第19回難民映画祭の上映作品『永遠の故郷ウクライナを逃れて』の字幕翻訳チームに参加
第19回難民映画祭:映像翻訳を学び、奇跡の反戦映画と出会えたー中島唱子さんインタビューはこちら
『永遠の故郷ウクライナを逃れて』 中島唱子さんによるレビューはこちら
第19回難民映画祭・マチェク・ハメラ監督: 映画「永遠の故郷ウクライナを逃れて(原題In the Rearview)」にかける想いはこちら
※翻訳チームの中島唱子さんと青井夕子さんが記事制作のための翻訳に協力
第19回難民映画祭
オンライン開催 2024.11.7(木)~11.30(土)
公式サイト:https://www.japanforunhcr.org/how-to-help/rff
Written by 中島唱子(なかじま しょうこ)
1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。
◆バックナンバーはこちら
https://www.jvta.net/blog/5724/