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中島唱子の自由を求める女神inBLG

中島唱子の自由を求める女神 第9話 太陽へ向かうひまわり 

中島唱子の自由を求める女神 第9話 太陽へ向かうひまわり 
中島唱子の自由を求める女神
Written by Shoko Nakajima 

第9話「太陽へ向かうひまわり」
言語の壁、人種の壁、文化の壁。自由を求めてアメリカへ。そこで出会った事は、楽しいことばかりではない。「挫折とほんのちょっとの希望」のミルフィーユ生活。抑制や制限がないから自由になれるのではない。どんな環境でも負けない自分になれた時、真の自由人になれる気がする。だから、私はいつも「自由」を求めている。「日本とアメリカ」「日本語と英語」にサンドウィッチされたような生活の中で見つけた発見と歓び、そしてほのかな幸せを綴ります。

国際結婚でアメリカに暮らす私も移民の一人である。多民族がひしめくニューヨークの街で暮らしていると、貧富の差、そして人種の壁も肌で感じる。

移民の人たちは帰る故郷があり、自ら望んでアメリカで暮らす人たちが多い。しかし、難民の人たちは想像を絶する環境下に身を置きながら、望んでいないのに故郷を追われてしまう。帰る場所を失うということは、自分の今まで生きてきたルーツまでもが奪われてしまう。生きていく権利まで脅かされる。移民の人とは大きく違う。

JVTAで「難民映画祭」の字幕翻訳者の公募を目にしたとき、通り過ぎることができなかった。何か心の中を突き動かされる思いがあって、勇気を振り絞ってこのプロジェクトのトライアルに挑戦した。そして、ミラクルな結果で翻訳チームとして参加できた。そして、運命的な作品に出会えたのである。

永遠の故郷ウクライナを逃れて

「In The Rearview」(邦題:永遠の故郷ウクライナを逃れて)というポーランド出身のマチェク・ハメラ監督の作品である。

ロシアのウクライナ侵攻から3日後、ポーランド出身の監督はバンを購入し、避難する人々の支援を開始することを決意した。後部座席では、避難するウクライナの人々が肩を寄せ合って座り、それぞれの物語を語りだす。

私が担当したパートには、二組の子供を連れて避難する家族が登場する。その中にベラという7歳の女の子とサーシャという4歳の男の子が乗り合わせた。

ベラは年の離れたお兄ちゃんがいて、とても頭の回転がいい。兵役で翌日入隊するという父親に見送られて、母親とお兄ちゃんと一緒に同乗してきた。父との別れも気丈に振舞い、周りの空気の読める女の子だった。サーシャは地図にも載っていないほどの小さな村に住んでいた。大家族と暮らしていてたのだろうか、別れ際に、家に残った祖母はサーシャを抱きしめてお別れすると、遠くから泣きながら彼を見送る。車中から捉えた映像には控えめに泣く祖母の姿があった。そして、この男の子の表情がスクリーンいっぱいに映し出された。無言の表情をカメラがずっととらえている。一枚のポートレイトの絵画のように美しく、繊細にカメラが追っている。この間何も台詞がない。カメラ越しのマチェク監督の震える心が伝わってくる。とても切なく、苦しい。

幼いながらもこの二人は、小さな体と心で、戦争をうけとめている。次は生きて会えないかもしれない。大好きな家族と引き裂かれる。巨大な魔物である「戦争」と彼らも闘っているのだ。

監督はインタビューの中で、映像を最初に編集したときは3時間にも及ぶ仕上がりだったが観やすい長さにするために半分以下の84分に編集したと話している。

砲撃の危険の中、車中で語ってくれた出来事を余すことなく使いたかっただろう。監督にとったら身を削られるような思いで編集したに違いない。

時折、車窓からみた風景が流れるように映し出される。攻撃をうけて退廃した建物や橋、田園風景、青い空と冬の樹々。光る海。愛する故郷を眺める車中の人たちの心情と重なるように風景が映し出される。その風景がストーリーの行間になっていて叙情詩のように美しい。

想像を絶するほどの環境の中で、危険な目に遭遇しながら避難しているのであろう。砲撃もある。地雷も埋められている。いつロシア軍に襲撃されるかわからない。避難民を乗せた車ごと飛ばされる危険性もあったに違いない。しかし、この作品にはそんなシーンは一切ない。人々の物語に焦点をあてたかったからだ。ウクライナの人々が自分の身に起きた体験を世界に通じる窓のようにカメラの前で語りだした。そして、戦争を知らない私たちに、戦争がどれだけ残忍で極悪の暴力であるかを伝えようとしてくれている。

平和学者ヨハン・ガルトゥング氏は「『平和』の対義語は『暴力』である。」と論じている。戦争は究極の暴力である。そして、難民の人たちは虐待や貧困、飢餓という暴力にもさらされている。また、他者への不寛容や偏見、無関心も「文化的暴力」であると定義する。誰の中にも根付く暴力が私たちの中にもある。

世界の各地でこうした暴力を、私たちと同じ人間がうけているという大事なことをこの難民映画祭が教えてくれた。

「人の心の痛みを感じとる力」こそ、混沌としたいまの時代に求められている平和に近づく大きな一歩だと思う。すべての作品が私たちにそう語りかけている。

今年も大きな感動を呼んでいる難民映画祭。この映画祭の意義は大きい。ウクライナの大地で太陽に向かって咲く「ひまわり」のように力強く、私たちの心に平和の種を届けてくれる。

★第19回難民映画祭の上映作品『永遠の故郷ウクライナを逃れて』の字幕翻訳チームに参加

第19回難民映画祭:映像翻訳を学び、奇跡の反戦映画と出会えたー中島唱子さんインタビューはこちら

『永遠の故郷ウクライナを逃れて』 中島唱子さんによるレビューはこちら

第19回難民映画祭・マチェク・ハメラ監督: 映画「永遠の故郷ウクライナを逃れて(原題In the Rearview)」にかける想いはこちら

※翻訳チームの中島唱子さんと青井夕子さんが記事制作のための翻訳に協力

第19回難民映画祭 

オンライン開催 2024.11.7(木)~11.30(土)

公式サイト:https://www.japanforunhcr.org/how-to-help/rff

Written by 中島唱子(なかじま しょうこ)

1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。

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