Tipping Point Returns Vol.12 言葉の裏にある「毒」を見抜こう ~「OK、ブーマー!」で得するのは誰だ? ~
言葉や表現は次々に生まれ、あるものは私たちの暮らしに定着し、あるものは忘れ去られていく。定着する言葉の多くは便利であったり「言い得て妙」であったり、歓迎すべきものだ。しかし中にはとんでもない毒をはらんでいるものもある。
例えば「終戦」という言葉に疑問を抱いたことはないだろうか。戦争の結末は勝利か敗戦だ。にもかかわらず、日本では当時も今も、太平洋戦争の結末を「終戦」と表現する。よほどの理由がない限り「敗戦」とは言わない。
「終戦」は、日本国民を統治政策に素直に従わせるよう、日本側の官僚が意図的に生み出した言葉である。辛い現実をストレートに映し出す「敗戦」という表現は、感情にいらぬ火を注ぎ、反乱分子を生むかもしれない。「終戦」とは現実をオブラートで包み込み、日本国民を手なずける言葉として生まれ、定着した言葉なのだ。
既得権益を守りたい層がそうではない層の心理を動かすのに言葉を利用した典型的な事例である。あめとムチに例えればあめを与えたつもりなのだろう。でも、私はそんなおせっかいはまっぴらごめんだ。
最近の例で言えば、新聞などで目にするようになった「ギグエコノミー(日雇い経済)」という表現の(日雇い経済)が気になる。ギグエコノミーは個人で仕事を請け負う働き手が牽引する経済という意味で、米国で生まれた新語だ。しかし日本では(日雇い経済)とセットになっているおかげで、フリーランス社会を毛嫌いする人たちが、まるで(所詮はその日暮らしの連中の話だな)と見下しているかのようだ。
「日雇い経済の中で生きる人」と言われて褒められた気になる人はいないだろうし、目指そうとする人には目に見えないバリアとなる。社会が繰り返しこの言葉に触れ続ければ、フリーランスという働き方に対するネガティブな印象が刷り込まれていく可能性もある。
悲しく、情けない話だ。
10代の環境保護活動家、グレタ・トゥーンベリさんを巡る一連の動きにも、既得権益を守りたい層による、言葉を使った世論操作が見てとれる。「グレタ世代」、「ブーマー」といったワードだ。
「グレタ世代」とは、「今現在の社会を動かしている世代とは異なる思想や価値観を有し、変革を起こしたいと考えている若い世代」とされる。「ブーマー」とは1950~60年代の世界的ベビーブームの中で生まれた世代のこと。昨年、ニュージーランドの議会で20代の女性議員がおじさん議員のヤジを「OK!ブーマー(はいはい、おじさん世代は黙っててよ)」という一言で一蹴した出来事が大きな話題になった。
グレタさんは賛同者を増やす一方で「彼女の主張の中味は詳しくわからないが、エキセントリックに叫んでオトナを罵っている」「あの世代の子たちは目の前の政治や社会が気に入らないんだよ。いつの時代も」などという反発の声も広がっている。反発しているのはもちろんブーマー世代だ。
しかし、彼女たちの主張の中味は、実は世代とは関係のないものだ。よくよく聞けばグレタさんの言うことはもっともだと思える人はたくさんいるはずだ。ところが、いつの間にか話題は「世代間闘争」にすり替えられてしまった。それは「グレタ世代」や「ブーマー」という言葉で拡散され、当のグレタさんやニュージーランドの女性議員までがその波に乗せられてしまったという構図が見て取れる。
ここでも得をするのは既得権益を守りたい層だ。今の社会で力を持つ人々の多くは50歳以上だから、「グレタ世代」という言葉で若者との断絶を煽り、「ブーマー」という言葉で被害者意識や怒りを煽る。そのようにして世代間闘争にすり替えれば、数も力も劣る若者世代に勝ち目はない。環境問題はどこへやら、既得権益を守りたい層は盤石であり続ける。
新語ではないが、「英語を武器にする」や「社会で活躍するには武器を身につけよ」の「武器」に私は抵抗がある。また、「あの会社を使う」「そのフリーランスを使ってみたら」という言い回しの「使う」が大嫌いだ。(言うのも言われるのも)
職能を「武器」に例えるなんて品がないし、「(人)を使ってやろう」などと発して悦に入っている人は裸の王様でしかない。
このように、何気ない言葉をそっとめくってみると、その裏側に毒が貼りついていることがある。そんな時は冷静にそぎ落とすか、心の瓶の中に閉じ込めておいてほしい。
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Tipping Point~My Favorite Movies~ by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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