Tipping Point Returns Vol.28 「先生」になろう ~学び取る力を伸ばす、意外な方法
2024年の目標にまだすき間があるなら「先生を目指し、先生になる」ことを加えてほしい。もちろん職業としての先生ではない。先生と呼ばれるような肩書を目指すことでもない。人間という生き物は、自分の中で育んでいる知識や気づきで心の器がいっぱいになると、誰かに伝えたいという思いが溢れ出す。そこに共有が生まれると自分の人生が少し豊かになった、成長できたという充実感に包まれる。それこそが「先生」になった瞬間だ。このコラムを読んでいる皆さんなら、強く意識すれば必ず叶う目標なのだ。
部下に指導したりプレゼンしたり、学校の後輩や子供にお説教したり勉強を教えたり、昨日観た映画の魅力を友人に説いたり……。日々人と接する場には、常にそのチャンスがある。しかし現実には、多くの人が「先生」にはなれていない。実際に教鞭をとる教師や講師であっても、やっていることは単なるタスクで「先生」とは呼びたくないケースが多々ある。
私には譲れない考え方がある。「良き先生は良き生徒である」ということだ。
「学びたいスイッチ」がいつもオンの状態の人がいる。誰もが認める立派な肩書と地位を手にしていても「学びたいスイッチ」が入りっぱなしで何かを学ぼうとしているのだ。そんな人に出会うと私はうれしくて、心の中で(先生!よろしくお願いします!)と叫んでいる。私自身も(この人から少しでも何かを学び取りたい)という欲求がこみ上げてくるのだ。
お互いが「良き先生」であり「良き生徒」であろうと努力する。私が理想とする人間関係だ。
「先生=生徒」なんて、矛盾しているように聞こえるかもしれない。自分の知識や経験は特別な高みにあるから、それを君らに教えてやるよという姿勢の人が先生で、そうでない人が生徒。それが常識のように感じているなら、今、改めよう。先生と呼ばれていばりくさっている人、目の前の生徒から自分が学ぶことなんてないとうそぶく人には何の魅力もない。この人から何か教わるのも、生成AIで知るのも同じだなと私は思う。つまり、そんな人はほんとうの「先生」ではない。
「自分はまだ生徒で道半ば」という自己評価であっても、その立ち位置だからこそ気づいたり学び取れたりすることがある。それらを整理して準備し、人に伝えようと踏み出せば、その人こそ立派な「先生」なのだ。
JVTAで講師を採用する際に、私が何よりも重視しているのはその点だ。優秀で評価の高いプロであっても「生徒」であろうと努力しているか。つまり「学びたいスイッチ」が常にオンの人であることが第一条件だ。「私にはこんな実績がある。本も書いている。教えたいことも決まっている」」という人は、丁寧にお断りする。それならあなたの本を読めば十分ですというのが私の本音だ。
一方、「講師なんて考えたこともなかった。自分がまだ知りたいことばかりなのに、人に教えることなんてできるのかな」と戸惑う人に対しては、(そんなあなただからこそ「先生」にふさわしいのですよ。受講生に多くのことを伝えながら、あなた自身も授業から多くのことを学び続けて成長してください。一緒に成長しましょう)と心でつぶやき、「ぜひやってみましょうよ!」と背中を押す。
先日、大学生に限定して映像翻訳を指導するコースがあり、3人のJVTAスタッフが講師デビューした。バリアフリー字幕を指導するコースでも、初めての講師にチャレンジしているスタッフがいる。最近まで本科で学んでいたスタッフは「まさか自分が講師になるなんて思わなかった」。
おそらく、慣れた講師の何倍、否、何十倍の時間をかけて準備をし、シミュレーションを重ねたことだろう。立派な講師だった。それでも自分自身は満足することなく、もっと調べればよかった、次はもっと練り上げたいという感想をもらしていた。「先生」を経験したことで、映像翻訳者、ディレクター、バリアフリー字幕ライターとしての自らの成長を実感できたはずだ。
実際に教壇に立つ機会がなくても「先生」になれる機会はたくさんある。会社や学校での発表、スピーチ、誰かに届ける1通のメールでも、考え方しだいで「先生」になれる。私自身そのように努めているし、逆に受講生や修了生から届いたメールから何かを学び、心の中で(ありがとう、先生!)とつぶやくこともある。
JVTAで出会った皆さんが「良き生徒」であることは間違いない。それだけでも得難い資質なのだが、だからこそさらなる成長を期待したい。来年はぜひ意識的に「良き先生」となる時間をつくってほしい。(了)
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Tipping Point Returns by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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