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Tipping Point Returns Vol.29 「一歩の粘り」がキャリアを分ける ~GRITを持つ人、持たない人~

Tipping Point Returns Vol.29 「一歩の粘り」がキャリアを分ける ~GRITを持つ人、持たない人~

今という時代の特徴の一つは「場」を追い求めやすいことだ。

自分にとって一番居心地がいい「場」、自分が認められて輝ける「場」。ネットの世界にはそうした「場」がたくさん存在しているように見える。そして手を伸ばせばリアルな感触を得ることもできる。

ここではないどこかへ――。そんな小説のタイトルのような生き方を誰もが手にできそうな時代になった。

しかし、それは諸刃の剣でもある。危険だなと感じる理由は2つ。まず、そこはほんとうに願望通りの「場」なのか。ネット上で横行する詐欺サイトのようなものは論外としても、その「場」が自分の見立て通りであるという保証はない。もう1つの心配は「現状への否定癖(ぐせ)」がついてしまうことだ。(上手くいかないのは自分のせいじゃない。この環境、この役割、この処遇、この人たちが悪い)。願望通りに見える「場」が他にあると感じることで、現状の違和感に憤り、ストレスに苛まれることが常態化してしまう。

こう書くと「場」を変えることを否定するのかと感じるだろうか。(動くな、我慢しろってこと!)などと怒りの声が聞こえてきそうだ。しかしそうではない。ほんとうにミスマッチだったり理不尽だったりする状況なら、一分一秒でも早く「場」を変えるのは当然だ。

事実、私自身もこれまでの人生で大きく2回、「場」を変えた。ただ、このコラムを読んでいただいている皆さんには正確にこう伝えたい。「40年の仕事人生で、『場』を変えてしまいたいという思いが湧き上がった経験は無数にある。しかし実際に変えたのは2回だけ」。壁にぶつかっても動かずに粘り、やり抜いたことで得られたものは多い。そしてそれらが今の私を形作っているという実感がある。

今は現状に不満を抱くのとほぼ同時に外の世界の‟桃源郷“が視界に入ってくる。この「場」で上手くいかないならあっちへ移ればいい――。それは最後の手段としては有効だと思う。しかし、壁にぶつかり前が見えないながらももう一歩だけ粘る、やり抜くという特別な期間の特別な機会を失うことでもある。

アメリカの心理学者、アンジェラ・ダックワース博士は「社会で成功する人の共通点は高いIQや才能ではなく、目標に向かう情熱と壁にぶつかっても諦めない忍耐力。つまり、<やり抜く力=GRIT(グリット)>をもっていることだ」と言う。私はこの考え方に強く共感する。

あらゆる分野の成功者に共通する特長は「才能」以上に「GRIT=やり抜く力」だという博士の研究は世界で注目され、著書はベストセラーとなった。継続は力なりとも言い換えられるGRIT。かつて日本では広く重んじられていた価値観だが、いつの間にか「古い、意味がない、我慢は美徳ではなく心を痛める一因だ」などと忌み嫌われるようになってしまった。

しかし、それは社会のある一面からの見方にすぎない。一部の成功する人とその他のそうでない人を見分けられる特別なスコープで世界を眺めたとしよう。明暗を分けるのは、才能やもともとのバックグランドなどではなく「情熱とやり抜く力」である。米国で「天才賞」と呼ばれるマッカーサー賞を受賞したダックワース博士は膨大な研究データをもとにそう呼びかける。

「TEDカンファレンス」のサイトで<GRIT>を検索すると、博士自身がGRITについて6分ほどで説明している動画が見つかる。著書もお薦めだ。

現状への不満や違和感、ピンチは成長の好機でもあると考えたい。一定期間でもいい。この「場」にとどまって改善や課題に一心不乱に向かうモード、つまりGRITを発揮するモードに切り替えてほしい。そうすることで苦しかった「場」が違ったものに変わった経験が、私にはある。そこまで力を尽くしたうえで「場」を変えるのは良しとしよう。それなら成功の確率はぐっと高まるはずだから。(了)

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Tipping Point Returns by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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