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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第103回 “BEEF”

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第103回 <strong>“BEEF”</strong>

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第103回“BEEF”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 


 

韓国パワー、ついにアメリカン・ドラマで炸裂!
『イカゲーム』(2021)がNetflixで世界を制し、『パラサイト 半地下の家族』(2019)がアカデミー作品賞を取るなど、韓国製ドラマ・映画の勢いには凄まじいものがある。Netflixは、韓国のコンテンツへ今後4年間で25億ドル(約3300億円!)を投資すると発表したばかりだ。
そしてついに、韓国パワーはアメリカン・ドラマでも炸裂した!
 

“Beef”は、韓国人クリエーターによるユニークなNetflixオリジナル。イッキ観確実、“road rage”(あおり運転)が凄絶な復讐劇と化す、「エンタメⅹヒューマニティ」を極めた傑作ダーク・ドラメディなのだ!
 

“You got beef with me?”

—ロサンゼルス、オレンジカウンティ
ダニーはホームセンターの駐車場から、ピックアップ・トラックをバックで出すところだった。そこに白いベンツのSUVが鉢合わせ、2台は衝突寸前で急停止した。
SUVのドライバーはけたたましくクラクションを鳴らすと、窓から立てた中指を見せて走り去る。
ブチ切れたダニーはSUVを追う。2台の車は街中でカーチェイスを繰り広げ、ダニーはついにSUVを追い詰める。だがSUVのドライバーは、一瞬のスキをついて逃げ去った。
 

ダニー・チョウ(スティーヴン・ユァン)は独身のしがない「何でも屋」。懸命に働いても生活は苦しい。居候の弟ポール(ヤング・マジノ)は、オンラインゲームと仮想通貨投資に夢中だ。
従兄のアイザック(デヴィッド・チョー)は最近仮釈放されたばかり。彼の犯罪行為が原因で、ダニーの両親は経営していたモーテルを失った。夫婦は母国の韓国へ戻っている。
ダニーにとって、世の中のすべてが理不尽で不公平だ。彼は怒りを持て余し、ストレスは頂点に達していた。
—そこへ現れたのが、あのムカつくSUVだ。
 

エイミー・ラウ(アリ・ウォン)は、オシャレな観葉植物を売るスタートアップ企業のCEOだ。彼女はこの会社を育て、高値で売却するために心血を注いできた。夫のジョージ(ジョセフ・リー)は理想家のさえないアーティストで、2人には小さな娘がいる。一家3人は高級住宅地に住み、エイミーは白いベンツのSUVに乗っている。
彼女は働きすぎで精神が不安定な状態だった。仕事も家庭も、すべてが上手くいっていると自分をだまし続けている。
—そこへ現れたのが、あのムカつくピックアップ・トラックだ。
 

ダニーはSUVの所有者を突き止めた。
そして、エイミーの家を訪ねた。
 

燃え上がる「憎悪のケミストリー」!

本作の主要アクター5人の内、アリ・ウォン以外はすべて韓国系アメリカ人だ。
ダニー役のスティーヴン・ユァンは、史上最強のゾンビドラマ“The Walking Dead”(本ブログ第10回参照)の好漢グレン役でブレークした(グレンのショッキングな死は、今も脳裏に焼き付いている)。演技力抜群のユァンは、主演した『ミナリ』(2020)でオスカー候補になった。本作では、韓国系教会のバンドのヴォーカルとして得意の歌も披露している。
 

アリ・ウォンは、役柄同様に父親が中国系アメリカ人で母親はベトナム人。キュートなロマコメ『いつかはマイ・ベイビー』(2019)では、主演と共同脚本をつとめた(<今月のおまけ>も見てね)。ウォンはスタンダップ・コメディ界のスーパースターで、本作では得意の毒舌を控えめに、みごとエイミーになりきった。彼女のショーは下ネタ満載、思い切りエッジが効いていて滅茶苦茶笑える(Netflixで3本とも観よう!)。
 

実生活では長年の友人同士というユァンとウォンは息もピッタリで、2人の間には「憎悪のケミストリー」が燃え上がる。
 

デヴィッド・チョーは、ワイルドな従兄アイザックを圧倒的な存在感で演じた。本職はグラフィック・アーティストで、各エピソードのタイトル画は彼の作品だ。多才な半面、ポッドキャストでの過激な発言や日本での服役歴など、素顔もアイザックに近いか。
 

この3人に無責任な弟ポール役のヤング・マジノ、オフビートなジョージ役のジョセフ・リーを加えた5人が、絶妙なアンサンブルキャストとして右往左往する。彼らが生み出す「危うさ」は、作品にスリリングな魅力を与えている。
 

“Why is it so hard for us to be happy?”

初めてショーランナー(兼共同監督兼共同脚本)をつとめたイ・サンジンは韓国出身。“Silicon Valley”などの脚本家として長いキャリアを持つ。
「“road rage”の復讐を描く過激なコメディ」という発想だけなら凡庸だ。だが2人のキャラクターを発展させて、「仕返しを通じて互いの人生を知り、自分の生き方を振り返る」というアイディアは非凡だ。
 

貧乏なダニーと裕福なエイミーは、やり場のない怒りの矛先を相手に見つける。復讐はより巧妙に、悪質になり、2人は身内も巻き込んだ破壊的な負のスパイラルに陥る。だが憎しみを通じて、ある種の相互理解が生まれるのだ。
際限なくエスカレートしていく憎しみの連鎖で笑わせながら、怒りの背後にあるアジア系2世(3世)の生きづらさ、プレッシャー、心の闇を浮かび上がらせる。ダニーが教会へ救いを求めるシーンは、おかしくも哀しい。
 

終盤では各キャラの壮絶な破滅ぶりが描かれて目が点になる。そして予測不能の最終話は一転して、余韻の残るエンディングを迎える。上手いなあ、イ・サンジン。
 

本作は韓国パワーがアメリカン・ドラマで炸裂した記念碑的作品。主要キャストとスタッフがほとんどアジア系という意味では、今年のアカデミー賞を席巻した『エブエブ』よりずっとセンスが良くて、遥かに面白い。
“Beef”はイッキ観確実、「エンタメⅹヒューマニティ」を極めた傑作ダーク・ドラメディなのだ!
 

【悲報!】5月2日からWGA(全米脚本家組合)のストライキが始まった。ストリーミング・サービスが主流になった現在、報酬・待遇改善に関する脚本家の不満は大きい。AI導入も死活問題だ。簡単に収まるはずもなく、企画・制作中のドラマへの影響は計り知れない。アメリカン・ドラマのファンにはきついなあ…。
 

原題:Beef
配信:Netflix
配信日:2023年4月6日
話数:10(1話 31-39分)
 

<今月のおまけ> 「My Favorite Movie Songs」 #76
Title: “I Punched Keanu Reeves”
Artist: Randall Park
Movie: “Always Be My Maybe” (2019)

この作品もNetflixで視聴可能。キアヌ・リーブスの登場シーンはバカ受け!
 

写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
 
 



 

※※特報
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