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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第116回 “Sugar”

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第116回 “Sugar”

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]

 

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第116回“Sugar”

 

“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

 

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 

 

予告編:『シュガー』 本予告

 

新感覚のハードボイルド・エンタメドラマ!

ハードボイルドは、今では小説、映画、ドラマともに不人気なジャンルだ。ましてMade in USAの芳醇で高品質な作品となると、絶滅危惧種といっていい。それをApple TV+が、ユニークな方法で見事に復活させた。

 

“Sugar”はスーパークールでスタイリッシュ、古き良き時代の粋な私立探偵が現代に蘇る、新感覚のハードボイルド・エンタメドラマなのだ!

 

“I don’t like hurting people, I really don’t”

—ロサンゼルス
ジョン・シュガー(コリン・ファレル)は失踪人探しを専門とする私立探偵だ。腕がたつが、銃も暴力も嫌う。頭脳明晰で、少なくとも4か国語を操る。
裕福なシュガーは居心地のよいホテルで一人暮らしをしている。恋人はいない。
サヴィル・ロウのスーツにサスペンダーが彼の制服だ。突然左腕に激痛が走る持病を抱えている。

 

シュガーはかなりの映画オタクだ。
アルコールを好むが、いくら飲んでも酔うことはない。
愛犬のワイリーは、薬物の過剰摂取で死んだホームレスから引き取った。
愛車はブルーの’66年型コルベット・スティングレイ・コンバーティブルだ。

 

東京の仕事を終えたシュガーは、LAにとんぼ返りをしてきた。新たな依頼人、大物プロデューサーのジョナサン・シーゲル(ジェームズ・クロムウェル)に会うためだ。シュガーはシーゲル作品の大ファンだった。
ジョナサンは行方不明の孫娘オリヴィアを捜して欲しいという。

 

ルビー(カービー・ハウエル=バプティスト)は、情報収集とハッキングを得意とするシュガーのビジネスパートナーだ。かつて2人は同じ組織に属していた。シュガーの健康状態を懸念するルビーは、今回の仕事が気に入らない。だがシュガーは既に引き受けていた。

 

シュガーはオリヴィアの継母メラニー(エミィ・ライアン)と会う。彼女はアル中の元ロックスターで、シュガーに協力する。
だがオリヴィアは見つからない。

 

シーゲル家には秘密がある。
ルビーにも秘密がある。
そしてシュガーにも秘密があった。

 

この事件は一筋縄ではいかない。

 

“Not the first time my heart’s been broken”

コリン・ファレルは、昔のアイルランドを舞台にしたブラックコメディ『イニシェリン島の精霊』で、昨年オスカー候補となった(映画は苦痛レベル)。純朴な田舎者の主人公パードリックから、スムースで洗練されたシュガーに華麗に変身する。ファレルもいつの間にか48歳、いいアクターになったなあ(相変わらず眉毛が濃すぎるが)。
次作は“The Penguin”(Max)、『THE BATMAN ―ザ・バットマンー』(2022)からのスピンオフドラマだ。ファレルはタイトルロールの悪党ペンギンを、あの驚異の特殊メイクで再演する。

 

メラニ-役のエミィ・ライアンは、デニス・レへイン原作の傑作ハードボイルド『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(2007)でオスカー・ノミネーションを受けた(同作はベン・アフレックの監督デビュー作でもあった)。
元ロックスターでアル中の母親というおいしい本役は、彼女のために用意されたようなものだ。

 

ルビーを演じたカービー・ハウエル=バプティスト(クレジットでは単に“Kirby”)は、最近ではDCコミックス原作の“The Sandman”と“The Dead Boy Detectives” で、デス(“Death of the Endless”)を演じた。

 

また依頼人のジョナサン・シーゲルを演じた84歳の「ベイブおじさん」ことジェームズ・クロムウェルが、作品に品格を与えている。

 

“A movie ending is a strange thing”

ショーランナーは、『アイ・アム・レジェンド』(2007)の脚本家マーク・プロトセヴィッチと、『シティ・オブ・ゴッド』(2002)のブラジル人監督フェルナンド・メイレレス。プロトセヴィッチは共同脚本、メイレレスは共同監督も務める。
本作は、ひとつ間違えればハードボイルド映画の陳腐なパロディに終わっていた。だがこの2人は絶妙のバランス感覚で、ノスタルジーと斬新さを両立させた。

 

最大の見どころは、コリン・ファレルのタフでチャーミング、ヴィヴィッドで説得力のあるガムシュー(探偵)ぶり。プラットホームは古典的な私立探偵映画だ。
冒頭、粋なアニメタッチのクレジットタイトルにサックスをきかせたテーマ曲が流れる。

 

「大富豪の依頼人」「依頼人の歪んだ家族」「探偵のワイズクラッキング(憎まれ口)」「レトロな愛車」、これらはハードボイルドの王道で忠実に踏襲されている。

 

一方、「卑しい街」は「クリーンなLA」へ、「キュートな女性秘書」は「ハッカーのパートナー」へ、「謎のブロンド美女」は「謎のブロンド熟女」へ、「ストイックなタフガイ」は「平和主義者のタフガイ」へと、現代風にアレンジされている。

 

ストーリーは地味だが短めの各エピソードはテンポよく語られ、スリリングで飽きさせない。ハードボイルド/ノワール映画へのオマージュにも溢れている。無数の名シーンが数秒間挿入され、名セリフをシュガーのセリフにそっくり被せる。この手法が新鮮で極めて効果的だ。

 

実はこのドラマ、終盤にとんでもないツイストが仕掛けられている。日本人なら目が点となり、アメリカ人なら“What the hell just happened?” と呻く類のものだ。振り返れば、幾つかの伏線がそれとなく敷かれていた。コアなハードボイルドファンなら怒り狂うだろうが、筆者は半熟ファンなので大いに楽しんだ。
エンディングも巧みにシーズン2へ繋がる。

 

つまり本作のDNAは99%がピュアなハードボイルドだが、1%はまったく異なる。
“Sugar”はスーパークールでスタイリッシュ、古き良き時代の粋な私立探偵が現代に蘇る、新感覚のハードボイルド・エンタメドラマなのだ!

 

原題:Sugar
配信:Apple TV+
配信開始日:2024年4月5日~5月17日
話数:8(1話 33-49分)

 

 

写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。