これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第26回 “The Night Manager”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第26回“The Night Manager”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
ジョン・ル・カレ原作、必見のスパイ・スリラー!
ジョン・ル・カレと言えば、小説好きなら思わず姿勢を正すほどの、英国が生んだスパイ小説の巨匠だ。映画化作品は多く、リチャード・バートン主演の『寒い国から帰ったスパイ』(1965)から始まり、ゲイリー・オールドマンがオスカー候補となった『裏切りのサーカス』(2011)を経て、ユアン・マクレガー主演で本年公開された『われらが背きし者』(この邦題何とかならんかね)に至る。
“The Night Manager”は、英国BBCと米国AMC(“The Walking Dead”の製作会社)の合作による8エピソード、約6時間のミニシリーズで、映画を超える必見のスパイ・スリラーだ!
“The deeper you go, the darker it gets.” (予告編より)
2011年のエジプト。「アラブの春」と呼ばれた民主化の波により、長きに渡るムバラク政権は終焉を迎えていた。
ジョナサン・パイン(トム・ヒドルストン)は湾岸戦争に2度出征した元兵士で、今はカイロにある高級ホテルの夜間支配人だ。ある日、パインは美貌の女性ソフィーから、書類をコピーするよう頼まれる。ソフィーはカイロの大富豪ハミドの情婦で、その書類は、「死の商人」リチャード・ローパー(ヒュー・ローリー)が、ハミドに供給する大量破壊兵器のリストだった。これだけの武器がハミドに渡れば、エジプトの民主化が阻まれる可能性さえある。ソフィーは罪の意識からリストを持ち出したのだった。
パインはソフィーの意をくんでリストのコピーを英国大使館の知人に届けるが、翌日、ソフィーは死体で発見される。自分の軽率な行動がソフィーを殺したと知って、パインは愕然とする。
4年後。
失意のパインはスイスの観光地ツェルマットでホテルの支配人をしていた。そこに偶然現れたのは、愛人と息子を連れて、取り巻きに囲まれたリチャード・ローパーではないか! ローパーはバケーションを楽しみながら、武器の商談に余念がなかった。
パインはローパーを倒すために、MI-6(英国秘密情報部)の下部機関に協力する決意をする。無論ソフィーの復讐もあるが、それ以上に、英国人兵士の誇りにかけて、世界中で殺人兵器を売りさばき、私利私欲の限りを尽くす最悪の英国人を許せないのだった。
ローパーの堅固な犯罪帝国を殲滅するには、内側から情報を収集し、人間関係を切り崩していくしかない。そのために、パインはまずローパーの組織に潜入して彼の信用を得なければならない。
どうやって? 自らも悪党になるのだ。
「身も心も擦り減らし、一瞬の平安もないスパイの世界」、そこへパインは足を踏み入れたのだった。
Next 007 (?) vs. Dr. House!
この作品にはアクションシーンはほとんどなく、最大の見どころはパインとローパーの壮絶な頭脳戦だ。特に後半の二人の騙し合いと心理描写は圧巻で、アドレナリン全開、鳥肌が立つようなサスペンスを体感できる。
パイン役のトム・ヒドルストンは、『マイティ・ソー』で悪役ロキを演じてブレークし、次期ジェームズ・ボンドの最有力候補だ。イケメンで、着こなし・身のこなしも洗練されていて実に格好いい。ヒドルストンはケンブリッジ大卒、英国王立演劇学校出身というバリバリのエリートで、本作でも想像を絶するプレッシャーと戦う孤独なスパイを、迫真の演技で体現している。
対するヒュー・ローリーは、“House M.D.”の天才医師グレゴリー・ハウス役で有名だが、今回は冷酷非情で狡知にたけた偽善者ローパー役をものの見事に演じ切った。顔立ちからして、ローリーには絶対悪党を演らせたほうがいい。
脇役では、身重の体でパインを支援する元MI-6のエージェント、アンジェラ・バー役のオリビア・コールマンが断然光る。また、パインが心を惹かれるローパーの愛人ジェドをエリザベス・デビッキが、ローパーの狡猾な右腕コーキーをトム・ホランダーが演じ、正に適材適所のキャスティングとなっている。
加えて、カイロ、マヨルカ島、ツェルマットなど各ロケ地の美しい自然と対比して描かれる、曳光弾を用いて夜間に行われる殺戮兵器のデモシーンの残酷な美しさは圧巻で、見どころの一つだ。
ル・カレの小説は純文学に近いうえにストーリーは難解、読者は世界情勢に関する深い知識も要求される(筆者の苦手な作家だ)。その点本作は、原作の設定が巧みに現代に置き換えられ、ストーリーも適度に噛み砕かれて、最高の知的エンタテインメントに仕上った。
“The Night Manager”は、Amazon Videoが独占配信中だ。
本作を観れば、トム・ヒドルストンが次期ジェームズ・ボンドに相応しいと納得するよ、ダニエル・クレイグより上品だし。それでは皆さん、”Happy Holidays!”
<今月のおまけ> 「ベスト・オブ・クール・ムービー・ソングズ」 ⑥
Title: “Goodbye Girl”
Artist: David Gates
Movie: “The Goodbye Girl” (1977)
大人向けラブコメの傑作から、クリスマスらしく心温まる曲をどうぞ。
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
◆バックナンバーはこちら
https://www.jvta.net/blog/5724/