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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第29回 “THE NIGHT OF”

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第29回 “THE NIGHT OF”

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第29回“THE NIGHT OF”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 


 

HBOが放つ硬派の犯罪ドラマ!
「主人公が目覚めるとベッドに女性の惨殺死体が…」、このありふれたシチュエーションに極限のリアリティを与えるとどうなるのか?
その答えが“THE NIGHT OF”だ(「事件当夜」とでも訳すのか)。米国ケーブルテレビ界の雄HBOが放つ、「発端から結末まで微塵の妥協もない硬派の犯罪ドラマ」を見逃すな!
 

よくある話
ナズ・カーン(リズ・アーメッド)はパキスタン系アメリカ人のシャイな大学生。ある晩ナズは、父親の商売道具のタクシーを無断借用して、マンハッタンのパーティに向かう。ところが、途中で勝手に乗車してきたキュートな女性アンドレアに魅かれて、誘われるままに彼女のアパートへ行く。アルコール、ドラッグ、そしてセックスへ。前後不覚になったナズが深夜に目覚めると、ベッドには無残に切り刻まれたアンドレアの死体が横たわっていた。
 

ナズはパニックを起こして逃げ出すが、隣人に目撃され、さらに交通違反でパトカーに捕まってしまう。ボディチェックで彼の上着のポケットから見つかったのは、血まみれのナイフだった。ナズは犯行を否認するが、殺人容疑で逮捕される。
 

結局、これはニューヨークではよくある話なのだ。
 

“John Stone, the ambulance chaser”
ジョン・ストーン(ジョン・タトゥーロ)は、小物ギャングの弁護を引き受ける三流弁護士(“ambulance chaser” ※1)。素足にサンダル履きで現われ、両足のひどい皮膚炎を始終割り箸で掻いている変人だ。ストーンは分署に拘留されているナズを見つけると、巧みに彼を言いくるめて依頼人にする。法廷経験のないストーンは、手っ取り早く司法取引(“plea bargaining”)に持ち込み、ナズの両親から弁護料をせしめるつもりだった。
 

(※1)元々は、救急車や霊柩車を追いかけて、貧しいけが人や死者の家族を成功報酬(“contingency fee”)で依頼人とし、相手かまわず賠償請求を起こす低級弁護士のこと。
 

保釈金(“bail”)が認められなかったナズは、公判が終わるまで悪名高いライカーズ刑務所に拘置される。ここからナズの悪夢が始まる。
 

「このドラマは怖い!」
ライカーズでの生活は、ナズの性格に変化を生じさせる。ここで生き残るためには環境に適応し、変わっていくしかない。一方で、ナズを弁護するストーンの心中に、被告への同情心と真実への探求心が芽生え始める。いずれも過去に捨てたはずのものだ。
人間性を失っていく若者と、プライドを取り戻す弁護士とのコントラストが鮮烈だ。
 

また、ナズの家族の苦悩、イスラム教徒への容赦ない差別、証拠確認と起訴手続き、そしてライカーズの恐るべき実態が、通常のドラマでは省略されるディテールまで描写される。法廷シーンもいたずらにドラマ化されることなく淡々と進む。これらはすべてが計算されていて、観る者を退屈させることなく、逆に圧倒的なリアリティをもって迫ってくる。ストーリーが単純なだけに、この手法は一層効果的だ。
 

このドラマは怖い。ナズが犯人なのかどうかという“whodunit”の興味以上に、米国の日常に存在する冤罪への恐怖に駆られるのだ。
 

絶妙のキャスティング
寡黙なナズを演じたリズ・アーメッドはパキスタン系の英国人で、オクスフォード大卒の秀才。本職はラッパーというのだからその多才ぶりに驚かされる。(最近では『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』にも出演)
 

ストーン役は、“The Sopranos”のジェームズ・ガンドルフィーニの急死、さらにロバート・デ・ニーロの降板でタトゥーロに回ってきたのだが、結果的には良かった。タトゥーロは作品のリアリティを損なうことなく、「偽悪的な言動の陰に優しさを隠して生きる、コミカルな負け犬弁護士」という秀逸なキャラをみごとに演じてみせた。
 

また、退職を間近に控えた敏腕刑事ボックスを演じたビル・キャンプ、冷酷非情の検事ワイズに扮したジーニー・バーリンは、脇役というより準主役級の存在感で、ナズとストーンの前に立ちはだかる巨大な司法の壁となった。
 

本作は全8話のミニシリーズで、英国BBCが2008年に製作した“Criminal Justice”のシーズン1をベースにしている。最終エピソードは映画一本分の長さがあり見応え十分で、ラストシーンには誰もがニヤリとさせられるだろう。
尚、日本ではスターチャンネルが、『ナイト・オブ・キリング 失われた記憶』のタイトルで最近放映した。
 

前回の“The People v. O.J. Simpson”、“THE NIGHT OF”と犯罪ドラマの紹介が続いたが、これらを観ると米国の司法システムの健全性を疑いたくなる。そこで、次回は正統派リーガルドラマの最高峰“Law & Order”を取り上げ、米国における正義のあり方を検証する(ちょっと大げさか)。
 

<今月のおまけ> 「ベスト・オブ・クール・ムービー・ソングズ」 ⑨
Title: “Surrender to Me”
Artist: Ann Wilson & Robin Zander
Movie: “Tequila Sunrise” (1988)


メル・ギブソン、ミシェル・ファイファー、カート・ラッセル、みんな輝いていた!

 

 
写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
 
 

 
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