これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第33回 “The West Wing” に学ぶ「危機管理」
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第33回“The West Wing” に学ぶ「危機管理」
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
政治ドラマの最高峰!
“The West Wing”(邦題:「ザ・ホワイトハウス」)は圧倒的な臨場感を持つ政治ドラマの最高峰で、’99年から2006年までNBCで放映された。エミー賞の通算最多受賞記録に輝く本作は、クリエーター兼脚本が才人アーロン・ソーキン。マーティン・シーンが気骨ある合衆国大統領ジェド・バートレットを演じ、アリソン・ジャニーを含む最優秀助演賞受賞の名優6名によって支えられた。
今回は、カリフォルニアで起きた原発事故をめぐるエピソードをテキストに、大統領の決断とホワイトハウスの危機管理を検証する。(ついでに災害で頻出する米単語も覚えよう)
以下“spoiler alert”(ネタばれ注意)
シーズン7 エピソード#144: “Duck and Cover”
(本エピソードは2006年1月22日に全米で放映された)
午前9時2分、カリフォルニア州サンアンドレオの原子力発電所で事故が起きた。最悪、メルトダウン(“nuclear reactor meltdown”)の可能性があるという。バートレット大統領(マーティン・シーン)が首席補佐官のC.J.クレッグ(アリソン・ジャニー)から報告を受けたのは、事故発生から17分後だった。
原因は原子炉のバルブ破損で、テロリズム、犯罪事件のいずれでもないことが判明した。
決断
バートレットは重要な決断を迫られた。
まず15分後にメディアへの発表を行う。現場の近隣住民がパニック(“public panic”)になるリスクはあったが、迅速な緊急避難(“emergency evacuation”)を促す重要性を優先したのだ。次に、米連邦緊急事態管理局(“FEMA: Federal Emergency Management Agency”)へ出動を要請、また本件を大規模連邦災害(“major federal disaster”)に指定して、政府の全面支援を約束する。
現場の指揮は原子力規制委員会(“NRC: Nuclear Regulatory Commission”)へ速やかに移管された。(データや事実の隠ぺい工作防止の意味もあるのだろう)
バートレットは、半径24キロ圏内の住民を強制避難させるようカリフォルニア州知事へ命令する。側近の一人が結果的に空騒ぎになる可能性を指摘すると、バートレットは答えた。「子供たちが甲状腺ガンを患って生まれてくるリスクを犯すわけにはいかない」
さらに、近隣にある同型の原発をすべて即時停止する検討もなされる。
現地の状況は芳しくなかった。破損したバルブをバイパスする新しい配管を敷いて、至急炉心を冷却する必要があるのだ。だがその前に、放射能汚染(“radioactive contamination”)された水蒸気を一定量大気へ放出しないと、原子炉建屋が爆発する。爆発が起これば南カリフォルニア全域、アリゾナとネバダの一部が壊滅する。まだ3万人以上の避難民が残っていた。バートレットは直ちに許容範囲ぎりぎりの量で放出を命じるが、制御は困難を極め、許容値以上の汚染水蒸気が放出されてしまう。
高速道路の渋滞はひどくなる一方で、避難は遅々として進まない。バートレットは軍隊の投入を命じる。
さらに避難区域の拡大も検討された。
バートレットは翌日に現地入りする。
サントス vs. ヴィニック
その頃、次期大統領候補である民主党のサントス(ジミー・スミッツ)と共和党のヴィニック(アラン・アルダ)は、11月の本選挙へ向けてキャンペーンに全力投球していた。(バートレットは民主党で、2期目に入っているため再選はない。)
ヴィニックは支持率でサントスをリードしていたが、今回の事故は痛手だった。彼はカリフォルニア州選出の上院議員で、サンアンドレオ原発プロジェクトの主導者だったのだ。
一方サントスは、徹底して事態を静観する作戦に出る。
終結
修理は手動で行うしかなかったが、問題は防護服(“anti-contamination gear”)も役に立たない致死量の5倍の放射能汚染だった。結局、死を覚悟したNRCのエンジニア数名が現場に赴き、大惨事は回避された。民間人を死地に送りこむことは、バートレットにとって苦渋の選択であった。
その後、エンジニアの1人は病院で死亡した。
サントスは、今回の原発事故が終結後、支持率でヴィニックに追いついた。
ラストシーン。サントスの選挙参謀ライマン(ブラッドリー・ウィットフォード)は、赤と青に塗り分けられた各州の勝敗表をにらみながら、ホワイトボードに書き加える。
“TOO CLOSE TO CALL”
大統領選挙の接戦と、かろうじて免れた大惨事との二重の意味を込めたこの一文が余韻を残す。
アメリカは’79年にスリーマイル島の原発でメルトダウンを経験しており、責任と権限が明確で、政府の対応は徹底している。今回は原発だが、竜巻やハリケーンを含めて災害事故の危機管理となると、”FEMA”は頻繁に登場する。(筆者も米国駐在中、大型ハリケーン襲来時に緊急避難を経験した)
“The West Wing”は、政治ドラマとしては異例の高評価と高視聴率を誇った。エンタテインメントとしても申し分なく、このジャンルでこれ以上の作品は望むべくもない。それほど、マーティン・シーンが演じた博識で胆力のある大統領像はアメリカ国民の理想を体現し、最優秀の側近たちによる日々の献身的な努力は視聴者の胸を打った。
本ブログの第2回にも書いたが、政治を性善説で描いたのが“The West Wing”なら、性悪説で描いたのが“House of Cards”だ。ドナルド・トランプを意識しながら両作品を見比べてみると、あらためてアメリカン・ドラマの奥深さが実感できる。
今回はちょっと固い話だったね。
<今月のおまけ> 「ベスト・オブ・クール・ムービー・ソングズ」 ⑫
Title: “Night Shift”
Artist: Quarterflash
Movie: “Night Shift” (1982)
オープニングからは想像できないが、これはラブコメの隠れた傑作!
マイケル・キートンがブレークした作品でもあった。
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
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