“Viewer Discretion Advised!” これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第51回 “Pitch”
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今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第51回“Pitch”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
ジニー・ベイカーよ、水原勇気を超えろ!!!
今回は野球のお話。
女性ピッチャーと言えば、漫画なら『野球狂の歌』 (※1) の水原勇気、小説なら『赤毛のサウスポー』 (※2) のレッド・ウォーカー、映画なら『がんばれ!ベアーズ』 (※3) でテイタム・オニールが演じたアマンダが頭に浮かぶ。では、ドラマならだれか?
―ジニー・ベイカーだ。
“Pitch”はMLB(“Major League Baseball”)公認、実在球団のサンディエゴ・パドレスを舞台に、女性初のメジャーリーガー、ジニー・ベイカーの活躍と苦悩を描く、本格ベースボール・ドラマだ!
ジニーよ、水原勇気を超えろ!!!
(※1) 『野球狂の歌』:水島新司作(1972-1977)
(※2) 『赤毛のサウスポー』:“The Sensuous Southpaw”(1976)、ポール・R・ロスワイラー著
(※3) 『がんばれ!ベアーズ』:“The Bad News Bears”(1976)、主演 ウォルター・マッソー
“I’m next”
選手名:ジニー・ベイカー*
所属:サンディエゴ・パドレス
出身:米国ノースキャロライナ州
年齢:23才
ポジション:投手(右投げ右打ち)
球種:ストレート(140キロ前後)、スクリューボール
背番号:43
※女性初のメジャーリーガー
―2016年6月、カリフォルニア州サンディエゴ
低迷するパドレスの本拠地ペトコ・パークは、この日、試合前から異様な熱狂に包まれていた。球場を埋め尽くした43,000人のファンは、これから歴史を目撃することになるからだ。
ジニー・ベイカーが、今日のドジャース戦に先発するのだ。
スタンドで、小さな女の子がプラカードを掲げて叫んでいる。
そこに書かれている文字は、“I’m next”。
「そもそも野球において、生物学的に女は男と対等には戦えない」
ジニー(カイリー・バンバリー)は、幼いころから横暴で暴力的な父親の特訓を受けて育った。高い身体能力に恵まれたジニーは、父を喜ばせるために野球に没頭した。だが母親の不倫を知ってからは、野球は彼女にとって孤独を癒し、怒りを発散する道具となった。
ジニーはエースとして高校の州大会で優勝する。その後パドレスと契約、マイナーリーグで5年間を過ごした。パドレスの先発投手の一人がケガをしたため、ジニーは急遽メジャーへ昇格した。
マイク・ローソン(マーク=ポール・ゴスラー)はパドレスのキャプテンで36才のベテランキャッチャー、殿堂入り確実の名選手だ。ジニーのあこがれの選手でもある。マイクは、今日のデビュー戦でジニーの球を受ける。
ペトコ・パークのマウンドに立ったジニーの脳裏に、これまでの人生が交錯する。強烈な父親の記憶でピッチングに集中できない。
ジニーのデビュー戦は散々な結果に終わった。ストライクを1球も取れず、わずか10球で自ら降板した。
監督のアル・ルオンゴ(ダン・ラウリア)はジニーをマイナーに戻すつもりだった。ジニーはチームの輪を乱しているし、そもそも野球において、生物学的に女は男と対等には戦えないと思っている。
チーム内でジニーの味方は、マイナー時代の友人で外野手のブリップ・サンダース(モー・マクレー)と、マイク・ローソンだけだ。
だが、ジニーが投げれば、球場はまた満員になる。オーナーは監督に、ジニーを再度先発させるよう命じた。
5日後、ジニーは2度目のマウンドに立った。
スタンドのファンと世界中の女性が自分に期待している。プレッシャーに負けてはならない。
ジニーの本当の挑戦が始まった!
ジニーの投球フォームに違和感なし
ジニーを演じたカイリー・バンバリーは、初主演ながら演技は地に着いている。元モデルなので動きは優雅で、上背と肩幅があり、ピッチャーらしく見える。CGも入っているのだろうが力強い投球フォームにまったく違和感はない。
マイク・ロス役のマーク=ポール・ゴスラーは、見覚えがあると思ったら“NYPD Blue”で刑事ジョン・クラークを演じたアクターだった。捕球、スローイング、バッティングともに板についていて自然だ。
サンダースを演じるモー・マクレー、ジニーのエージェント、アメリア役のアリ・ラーター、パドレスのGM(ゼネラルマネージャー)オスカー役のマーク・コンスエロスなど、適材適所のキャスティングだ。
【悲報】 それでもジンクスは破れなかった!
本作最大の魅力はリアリティだ。まずゲームシーンがよくできていて、野球映画ではありがちな素人くささがない。
実況&解説は、FOX Sportsの中継でファンにはおなじみのジョー・バック(!)とジョン・スモルツ。しかも画面には他球場の途中経過や、ボールカウント・球速・投球数などが実際の中継と同じ形式で表示される。
MLBも全面支援していて、オールスター・ゲームのシーンでは過去の映像が巧みに合成されている。
オーナー、GM、監督など球団内部の確執と駆け引き、トレード期限に向けて各チームのGM間で取り交わされる丁々発止の交渉術、ビーンボールに対する報復、スポーツ・エージェントのお仕事、ロッカールームやクラブハウスなど球場内の詳細な描写、ジニーのトーク・ショーへの出演・ナイキのCM撮影など、メジャーリーグのファンにはこたえられない魅力やトリヴィアが満載だ。
(因みに、ジニーの背番号43は、黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンの永久欠番42プラス1という設定)
製作総指揮は“This Is Us”の脚本を手掛けたダン・フォーゲルマンで、共同脚本も担当。
本作は上出来の本格スポーツドラマであるだけでなく、苦い過去、極度のプレッシャー、偏見、人種差別、セクハラ、スキャンダルと果敢に戦うジニーの成長を描くヒューマンドラマでもある。
さらに、一回り以上年齢差のあるジニーとマイクのロマンスもヴィヴィッドに描かれていて、微笑ましい。
“Pitch”は視聴者、評論家ともに評判がよく、Rotten Tomatoesの支持率も90%を超えた。だが残念なことに、ファン層が広がらず視聴率が取れなかった。あろうことか、シーズン1(10エピソード)で打ち切りとなってしまったのだ!
「アメリカで野球ドラマは成功しない」というジンクスは、またしても繰り返された。これは悲劇だ。
本作は『ピッチ 彼女のメジャーリーグ』の邦題で、FOXスポーツ&エンターテイメント等で放映中。せめて日本では盛り上げようよ!
<今月のおまけ> 「My Favorite Movie Songs」㉚(「ベスト・オブ・クール・ムービー・ソングズ」改題)
Title: “Always Remember Us This Way”
Artist: Lady Gaga
Movie: “A Star Is Born” (2018)
この映画がコケるとは、この国はどうなってしまったのか?
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
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