これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第74回 “THE QUEEN’S GAMBIT”
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今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第74回“THE QUEEN’S GAMBIT”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
2020年度のベストワンは怒涛のチェスドラマ!
“The Queen’s Gambit”は文句なく2020年度のベストワン。スーパークールなヒロインの誕生とその半生をスリリングに活写する、怒涛のチェスドラマを見逃すな!
“You’ve got your gift, and you’ve got what it costs”
―ケンタッキー州レキシントン、1958年
エリザベス(ベス)・ハーモン(子役のアイラ・ジョンストン)は、児童養護施設で暮らす9歳児。数学博士でシングルマザーだった母親は精神を病み、自動車事故を起こして死んだ。事故で生き残ったベスは痩せこけた可愛げのない少女で、しかもとても賢いので近づきがたい。
当時の州法により、孤児たちは毎日精神安定剤を飲まされていた。最年長のジョリーン(モーゼス・イングラム)は、ベスに精神安定剤をまとめて飲むとハイになれると教える。
ある日ベスが地下室へ降りていくと、不愛想な用務員シャイベル(ビル・キャンプ)が黙々と一人チェスをしていた。興味を引かれたベスは、駒の動きをつぶさに記憶する。夜中に精神安定剤を飲んで大部屋のベッドで天井を見上げると、巨大なチェス盤が現れる。そこでは、昼間記憶した駒の動きが立体的に再現されていた。
すっかりチェスに魅了されたベスは、シェイベルに頼み込んでチェスの基本を教わる。彼女は瞬く間に上達し、やがてシャイベルも敵わなくなる。
ベスは“chess prodigy”と呼ばれるチェスの神童だったのだ。
13歳になって、ベス(アニャ・テイラー=ジョイ)は初めて養子に迎えられる。だが受け入れ先のウィートリー家は貧しく、養母のアルマ(マリエル・ヘラー)はアルコール依存症だ。ベスは学校をさぼって地方のチェス・トーナメントに出場し、賞金を稼ぎ始めた。アルマはちゃっかりとベスのマネージャーに収まる。
こうしてベスのプロとしてのキャリアが始まった。だがこの時点で、彼女は既に薬物依存症になっていた!
まったく隙の無い完璧なキャスト!
13歳から20歳までのベスを演じた24歳のアニャ・テイラー=ジョイは、タフで脆くて予測不能なベス役に見事にはまった。最新作は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のスピンオフで、若き日のフュリオサ(!)を演じる。
ベスにチェスの手ほどきをするシャイベル役のビル・キャンプは、“The Night of”(本ブログ第29回参照)の敏腕刑事ボックス役を思い出す。いかめしい表情に優しさを滲ませるキャンプの渋い演技と存在感は、前半のハイライトだ。
子供時代のベスを最後まで無表情に演じ通したアイラ・ジョンストン、いつしかベスと心を通わす養母アルマ役のマリエル・ヘラー(トム・ハンクスが主演した『幸せへのまわり道』の監督でもある)、ベスの生涯の親友となる孤児ジョリーン役のモーゼス・イングラムの演技は、いずれも忘れ難い。
また、ベスを取り巻くライバルたち、―チェスおたくで州チャンピオンのベルティックを演じたハリー・メリング(『ハリー・ポッター』のダドリー)、ガンマン気取りの全米王者ワッツ役のトーマス・サングスター(『メイズ・ランナー』のニュート)、ベスが唯一愛した好漢D・L・タウンズを演じたジェイコブ・フォーチュン=ロイドは、本作の重要な’駒’となった。
キャストは脇役の隅々まで行き届いていてまったく隙がない。
『ロッキー』並みの迫力、驚異のスーパー・エンターテインメント!
“Queen’s Gambit”とはチェスのオープニング(定石手)のひとつ。因みに、映画・ドラマの冒頭で展開する短い独立したアクションシーンは、単に“gambit”と呼ばれる(『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』、007シリーズを思い出して欲しい)。本作も“gambit”らしき短いシーンで始まるが、これは本筋に関係するので“teaser”だ。
ショーランナーのスコット・フランクは、『ゲット・ショーティ』(1995)『アウト・オブ・サイト』(1998)『ウルヴァリン:SAMURAI』(2013)『LOGAN/ローガン』(2017)など、切れのあるハードボイルド感覚の脚本で知られる。原作はウォルター・テヴィスの同名小説で、スコット・フランクはこれを自ら脚色・監督した。その結果本作からは、『ハスラー』(1961)や『シンシナティ・キッド』(1965)のように粋でクールなギャンブル映画の息吹を感じる。(テヴィスは『ハスラー』、『ハスラー2』の原作者でもある。)
チェスシーンはプロのコンサルティングを受けた後に手際よく編集されているので、リアルでスピード感に溢れる。もちろんチェスを知らなくても問題なく楽しめる。
ベスは薬物・アルコール依存症で、孤独で、怒りっぽく、崩壊寸前で留まっている自己破滅型の人間だ。その反面、自由で、セクシーで、裕福で、聡明で、アバンチュールと最新のファッションを楽しむクールな女性でもあり、この二面性が彼女の最大の魅力だ。そしてベスの「怒れるチェス」は「生きるためのチェス」へ変化し、最後は「喜びのチェス」となる、―この変遷が本作のストーリー・エンジンなのだ。
男尊女卑のチェスの世界で、並み居る強豪たちを一刀両断するベスの姿は凛々しく、後光が差している。舞台を‘50-60年代の田舎町レキシントンに設定したことで、実話に見える効果も生まれた。その後シンシナティ、ヒューストン、ラスベガス、メキシコシティ、パリと目まぐるしく展開し、最後はチェスの本場モスクワへ。そこで繰り広げられる、ベスと無敵の世界王者ボルゴフとの対決は、『ロッキー4』を観ているような迫力だ。
エンディングもまさに「こうあるべき、こうあって欲しい」という鮮やかさで心地いい。
“The Queen’s Gambit”は、地味なチェスドラマと思っていると足元をすくわれる驚異のスーパー・エンターテインメント。本年度のベストワンで、来年度の各賞を席巻することは確実。スーパークールなヒロインの誕生とその半生をスリリングに活写する、怒涛のチェスドラマなのだ!
本作はNetflixオリジナルで1話約60分、全7話のリミテッド・シリーズ。
年末年始に必見の一作だよ!
<今月のおまけ> 「My Favorite Movie Songs」#52
Title: “Key Largo” (1981)
Artist: Bertie Higgins
Movie: “Key Largo” (1948)
サントラではなく、『キー・ラーゴ』の’ボギー&バコール’へのオマージュ曲。
郷ひろみの『哀愁のカサブランカ』の原曲”Casablanca”もヒギンズの作品だ。
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
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