これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第96回 “Julia”(『ジュリア -アメリカの食卓を変えたシェフ- 』)
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今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第96回 “Julia”(『ジュリア -アメリカの食卓を変えたシェフ- 』)
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
「ドラゴン vs. リング」 続報!
前回の冒頭で、「この勝負、序盤戦は“House of the Dragon”の勝ち!」と書いた。だがシーズン後半に入って、“The Lord of the Rings”が俄然盛り返してきた。複数のストーリーが力強く立ち上がり、主要キャラたちが輝き始めたのだ。そして明かされる「力の指輪」の全貌!この勝負、決着はシーズン2以降へ!
—食欲の秋
今月と来月でレアな(洒落ではない)グルメドラマ、“Julia”(U-NEXT)と“The Bear”(Dis+/STAR)を紹介する。どちらも料理がテーマなのに感動的でスリリング、アメリカン・ドラマの奥行きと裾野の広さを思い知らされる傑作だ!
垂涎のグルメ・ドラメディを召し上がれ!
ジュリア・チャイルド(1912-2004)は、アメリカで初めてテレビのクッキング・ショーを立ち上げた料理研究家だ。
“Julia”は’ドラマ界のレクサス’ことHBO Maxによるオリジナル。観ると人生が楽しくて元気になる、垂涎の(洒落ではない)グルメ・ドラメディ(コメディ・ドラマ)なのだ!
“Welcome to The French Chef, I’m Julia Child”
—ボストン対岸の町ケンブリッジ、1962年
今日はジュリア(サラ・ランカシャー)にとっての晴れ舞台だ。作家としてテレビにゲスト出演するのだから。
だが彼女は何を思ったのか、フライパン、パックの卵、プレート、調味料をそそくさと大きなカバンに詰め込むと、颯爽と家を出た—。
ジュリア・チャイルドは、五十路に入った主婦兼料理研究家。10歳年上の夫ポール(デヴィッド・ハイド・ピアース)は堅物の元外交官で、2人に子供はいない。夫婦関係は良好だ。
ジュリアは、ポールとのパリ駐在時代にフランス料理に目覚めた。趣味が高じて『フランス料理という芸術の習得』を友人との共著で出版し、アメリカでフランス料理を本格的に紹介した。この本に目を付けた地元ボストンの放送局WGBHが、ジュリアを「新刊紹介コーナー」に招いたのだ。
生放送が始まった。ジュリアは困惑する司会者を差し置いて、局内で調達したホットプレート、持ち込んだ卵、調理器具一式を目の前のテーブルにセットする。そして本の紹介も忘れて、カメラの前でお得意のフレンチ・オムレツを作り始めた!
このエピソードはボストン中の主婦の反響を呼び、WGBHには多くのファンレターが届き始める。
数日後。ジュリアは、カメラの前で料理をする興奮と満足感を忘れられなかった。そして、WGBHの担当者アリス・ネイマン(ブリタニー・ブラッドフォード)に手紙を書く。大胆にも、自作自演のクッキング・ショーを提案したのだ。
WGBHは、退屈な番組ばかりを放送しているお堅い公共放送局だ。プロデューサーのラス・モラッシュ(フラン・クランツ)も、前例のない料理番組には否定的だった。だがファンの後押しもあり、ラスは渋々パイロットの製作を認めた。
こうして、米国テレビ史上初のクッキング・ショー『フレンチ・シェフ』が生まれた。この先には前途多難な道が待っているのだが、ジュリアには知る由もない!
圧巻のサラ・ランカシャー&強力な5人のバイプレイヤーたち!
ジュリア役のサラ・ランカシャーは、多くの受賞歴を持つ英国の名優だ。代表作となった迫真の警察ドラマ“Happy Valley”で演じた、タフで苦労人の巡査部長ケイウッドは忘れ難い。一方ジュリアは、陽気で気さく、芯が強くてしたたか、寛容で愛情深く、チャーミングでユーモアのセンスがあるキャラ。ランカシャーの芸域には驚かされるばかりだ。
ジュリアの夫ポール役のデヴィッド・ハイド・ピアースは、神経質な堅物男を演じさせると並ぶ者がいない。メガヒット・コメディ“Frasier”(シットコムの名作”Cheers”からのスピンオフ)では、主人公の弟で精神科医のナイルズを演じて、エミー賞を4度受賞している。トニー賞ウィナーでもある才人だ。
ビービー・ニューワースは、“Cheers”の精神科医リリス役でエミー賞を2度受賞している(このキャラはとにかく可笑しかった)。トニー賞も2度受賞の大ベテラン。本作では、番組制作でジュリアを助けるよき隣人エイビスを好演した。
男尊女卑のテレビ業界で苦労する黒人女性アシスタントのアリスを、ブリタニー・ブラッドフォードが伸び伸びと演じた。この役は、当時の世相を反映して創られた架空の人物だ。
また、ジュリアの危機に駆け付ける辣腕編集者ジュディス役のフィオナ・グラスコット、画期的なアイディアで番組を改善していくやり手プロデューサーのラスを演じたフラン・クランツは、適材適所で深みがある。
“You’re teaching Americans how to taste life” (by Paul Child)
ショーランナー(兼共同脚本)のダニエル・ゴールドファーブは、傑作ドラメディ“The Marvelous Mrs. Maisel”(本ブログ第42回参照)の製作にかかわった。ヒューマンドラマとコメディがオンオフ・スイッチのように鮮やかに切り替わる作風は、この作品にも受け継がれている。
本作最大の魅力はジュリアそのものだが、『フレンチ・シェフ』の製作プロセスも見逃せない。2時間以上の料理工程を30分に短縮して伝える手順、ノウハウが、スタッフによって開発されていく。また、クローズアップ・カメラやミラー・ショットなど、当時の撮影技術や工夫も新鮮だ。シーズン当たり25前後ものエピソード製作の苦労は並大抵のものではない。そして、紹介される料理は本当に美味しそうだ。
繊細に綴られるジュリアとポールの夫婦愛は感動的だ。諍いと仲直りを繰り返す2人は、互いにいたわり合い、尊敬し、深い愛情で結ばれている。また、5人の脇役ひとり一人の人生もヴィヴィッドに描かれ味わい深い。
白黒テレビの普及、女性の自立、公民権運動など、‘60年代初頭の時代背景が、自然でリアルにストーリーに映り込んでいる。気のいい主婦のジュリアがタフな実業家へ変貌する姿は凛々しく、アリス、エイビス、ジュディスとの友情は清々しく、男たちを巧みに操縦する女たちのしたたかさが小気味好い。
“Julia”は感動的でスリリング、観終わると人生が楽しくて元気になる、垂涎のグルメ・ドラメディなのだ!
シーズン2の制作も決まり、楽しみなドラマがまたひとつ増えた。
尚、メリル・ストリープがジュリア・チャイルドを演じた『ジュリー&ジュリア』(2009)は、本作の前日譚になっていて、こちらもお勧めだ。
原題:Julia
配信:U-NEXT
配信日:2022年7月29日
話数:8(1話43-49分)
<今月のおまけ> 「My Favorite Movie Songs」 #71
Title: “Stand and Deliver”
Artist: Mr. Mister
Movie: “Stand and Deliver” (1988)
映画の邦題は『落ちこぼれの天使たち』。エドワード・ジェームズ・オルモスの名を知らしめた一作!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
◆バックナンバーはこちら
https://www.jvta.net/blog/5724/
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