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Tipping Point Returns Vol.32 邦題が教えてくれる、日本語のややこしさと楽しさ

海外の人に「最もヒットした日本映画って何?」と聞かれて『劇場版 「鬼滅の刃」無限列車編』と答えられる人は多いだろう。しかしさらに「無限列車って何?」と聞かれたら説明できるだろうか? 日本映画で最も観られた作品にもかかわらず、意味はよくわからない、が答えだろう。(2025年11月時点)

「無限列車」や最新作の「無限城」も正確な意味は知らない。でも、怖さやスリリングなイメージは強く伝わってきて、とてもいい感じなのだから、それで十分では? 確かに観る側、消費する側ならそれでいいかもしれない。しかし、言葉を売る人は、それでは困る。たとえ正確な意味は伝わらなくても、時には「誤解」を誘発することになっても、「それらを意図した言葉づくりで人の心を掴む力」が求められるからだ。

私は日本映像翻訳アカデミーの映像翻訳本科で日本語を教えて30年になる。いくつかのプログラムのうち、1997年から2023年まで、総合コース・Ⅰ(旧入門コース)でも授業をもっていた。そこで題材としていたのが「洋画の邦題」だ。作品をヒットさせたい、一人でもたくさんの人に観てほしいと願う売り手は、どのような狙いで邦題を決めたのか。その理由を推察、探究することで、自分の中にも「不特定多数の視聴者・観客(市場)に響くよう、意図をもって言葉を生み出す装置」を備えることが目的の授業だ。

前課題は、今の自分の感覚で「いい感じと思う邦題とダメだなと思う邦題」を挙げ、その理由を添えること。授業では、自分の感覚は売り手の狙いを汲んだものか、市場の多数派と一致しているかを検証した。提出された前課題はいずれも興味深く、受講生と一緒にあれこれ考えて議論することは、私自身にとっても日本語強化の好機になっていた。

「無限列車」に似たケースでよく挙がったのは「ジェイソン・ボーン・シリーズ」だ。『ボーン・アイデンティティー』はまだしも、『ボーン・スプレマシー』や『ボーン・アルティメイタム』って何?日本人のほとんどはスプレマシーやアルティメイタムの意味はわからない。けど、なぜかいい感じだ。また、『プライベート・ライアン』や『ロード・オブ・ザ・リング』のケースでは、売り手は意味不明の邦題での勝負を飛び越えて、市場の「誤解・勘違い」をあえて狙ったふしがある。いずれも原題をほぼそのままカタカナにしただけですよと嘯(うそぶ)いているかのようで、実はそうではない。原題の‘Private’は単なる「二等兵」を意味するが、カタカナで「プライベート」と表記すると、一人の兵士の孤独や失意といった内面を想起させる。二等兵なんて本当の意味を知らず頭の中で誤訳されても全然OK、むしろそれが狙いなのだ。『ロード・オブ・ザ・リング』の「ロード」も同じ。原題は‘The Lord of the Rings’、つまり神や支配者のことだが、カタカナになると多くの人は「道」だと直感してしまう。しかしその誤解は「ホビットたちの長く険しい旅路」を想起させ、エモさや心地よさを醸成する。

四半世紀にわたり蓄積した提出課題には「日本語に関する膨大な調査データ」という側面もある。その結果、とても興味深い発見があった。その一つが「すべての提出課題で最も多く挙がった邦題は?」。

結論から言おう。キャメロン・ディアス主演のコメディで1999年に日本で公開された『メリーに首ったけ(原題:There’s Something About Mary)』だ。公開直後から数年間は、どのクラスでも必ずと言っていいほど複数の受講生がこれを選んでいた。その後もひたすら選ばれ続けた邦題である。

なぜ選ばれ続けたのか?「首ったけ」という言葉が原因であることは明らかだ。今でも気になる邦題を尋ねられたら「メリーに首ったけ」と答える人はいるだろう。でも、数が多いというだけでは大きな発見にはならない。問題は、それが「いい感じ」として挙げられたのか「ダメだな」と思われたのかである。

今、(えっ? いい感じのタイトルに決まってるよね?)と思った人は、きっと驚くだろう。実は、1999年から8年ほどの期間は、すべての人が「ダメな邦題」として選んでいたのだ。一人の例外もなく「首ったけ」は古い、ダサい、口にするのも恥ずかしい、と。つまりそれが日本社会全体の暗黙知だったのである。

ところが2007年のある学期のこと。いつもの如く課題に目を通していた私は衝撃を受けた。一人の受講生が「メリーに首ったけ」をいい感じの邦題として挙げていたのだ。「首ったけ」という言葉の語感の心地よさを、そう感じるのが当たり前であるかのように解説している。その後、少しずつ「首ったけはいい感じ」と書く人が増え始め、2015年くらいにかけてはクラスの中に「好き派」と「嫌い派」が同居することも珍しくなかった。そして、2017年になると提出課題から「嫌い派」が完全に姿を消す。

つまり、「首ったけ」という言葉に対する多くの人(日本社会、市場)のイメージ(意味といってもよい)が、20年ほどの歳月を経て180度変わったのである。真逆なのだ。そのプロセスを課題のデータは刻々と記録し、証明している。おそらく日本語の学者・研究者にとっては垂涎の資料だろう(絶対に外には出さないが)。言葉の意味の変化を「流行おくれ」「ダサい」、あるいは「一周回って新しい」「レトロでエモイ」などと言って済ませることは簡単だが、それがいかなる歳月を経て、どのように変化していくのかを追ったデータは稀だろう。

今、私たちの目の前にある言葉(単なる流行言葉ではない)、はどうか。世の中でのイメージや捉えられ方、使われ方は、もしかしたら真逆の方向へ変化している最中かもしれない。JVTAの修了生・受講生、つまり言葉のプロや目指す人は、そうした変化に敏感であるのはもちろん、上手く、賢く使いこなして「さすが!」と評価されるようになってほしい。

追記

「首ったけ」についてAI(Gemini)に聞いたところ「とても魅力的、効果的な言葉。日本での『メリーに首ったけ』の成功にもつながった」みたいなことを言ってくるので、「でもね」と私の「20年変遷論」を説きました。すると、「その通りです。ご指摘ありがとうございます」と手のひら返しの回答(笑)。「首ったけという言葉が持つニュアンスや世間の評価は、時代とともに変化しています。特に、『メリーに首ったけ』が公開された1999年前後から2010年代初頭にかけては、<首ったけ=古くてダサい、照れくさい表現>という認識が強く、一部の人々からは敬遠されていた可能性が非常に高いです」だって。Geminiさん、まだ間違ってますよ、一部の人じゃなくてほぼすべての人だったんだよと教えたかったのですが、お説教はここまでにしておきました。

(了)

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Tipping Point Returns by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第133回 “BOOTS”(『オレたちブーツ』)

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第133回“BOOTS”(『オレたちブーツ』)
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 
予告編:『オレたちブーツ』 本予告

 
おかしくて悲しくて感動的なミリタリー・ドラメディ!
始めに、米国軍隊の同性愛者に関する入隊規定の変遷をおさらいしておく:
1)1993年まで同性愛者の入隊は禁止。
2)1994年2月に施行されたいわゆるDADT政策(“Don’t Ask, Don’t Tell Policy”)により、性的指向を公言しないことを条件に入隊が認められた。ただし同性愛者であることが発覚したら即時除隊。
3)2011年9月20日から正式に同性愛者の受け入れ開始。
 
“Boots”はNetflixの隠し玉で今年の大穴。’90年代にゲイの18歳が海兵隊のブートキャンプでのたうち回る、おかしくて悲しくて感動的なミリタリー・ドラメディなのだ!
 
“WHERE IT ALL BEGINS”
—1990年、ルイジアナ州ニューオーリンズ
キャメロン・コープ(マイルズ・ハイザー)は18歳、高校を卒業したばかりだ。彼は家庭ではシングルマザーのバーバラ(ヴェラ・ファーミガ)に軽んじられ、怠け者の兄に無視され、学校では陰湿ないじめにあってきた。自分がゲイであることは、親友のレイ(リアム・オー)にしか話していない。(レイはストレートだ。)
 
レイの父親はベトナム戦争の英雄だ。彼は厳格な父親に認めてもらいたい一心から、この夏を海兵隊のブートキャンプで過ごすと決めていた。キャメロンはゲイの入隊は違法と知りつつ、「サマー」「キャンプ」という単語に騙されてレイと共に参加する。どうせ大学へ行く経済的余裕はない。軍隊で「自分を変えて自分らしく生きたい」という気持ちも多少はあった。
 
「レイと海兵隊のブートキャンプへ行ってくる」
「帰りにミルクをお願い」
それが母親と交わした最後の会話だった。
 
—海兵隊訓練場、サウスキャロライナ州パリスアイランド
配属先の兵舎では個性的な新兵たちが右往左往していて、さながら動物園のようだ。キャメロンとレイは思わず顔を見合わせた。
さっそく上級教官のマッキノンと2名の教官補佐による、鬼のシゴキが始まった。
 
あまりの厳しさに早くも音を上げたキャメロンは、初日の体力テストで故意に失格しようと試みる。だが、隣で懸垂に苦しむデブのジョンを助けた結果、2人とも合格してしまう。
 
アジア系のレイに暴力をふるった差別主義者の教官補佐がクビになり、代わってサリバン軍曹(マックス・パーカー)が赴任してきた。サリバンはグアムに駐屯していた若きエリートで、なぜパリスアイランドへ異動してきたのかは謎だった。
 
これからの13週間、キャメロンは精神的・肉体的に極限まで鍛えられる。何が起こり、どれだけ自分が変わっていくのか、彼には知る由もない…。
 
“Once a Marine! Always a Marine!”
18歳のキャメロンを演じたマイルズ・ハイザーは実は31歳。Netflixのミステリードラマ“13 Reasons Why”が代表作で、準主役のアレックスを全4シーズン演じた。ヴィヴィッドな演技力は数ある新兵役アクターの中でも群を抜く。ハイザーは19歳の時にゲイであることをカミングアウトしている。
 
サリバンを演じたマックス・パーカーは英国出身。周囲からは理想の海兵隊員に映る、悩める軍曹を颯爽と演じて魅了する。
 
レイ役のリアム・オーは初めての準主役。キャメロンとの友情を育みながら自身の弱点を克服していくレイを熱演している。
 
キャメロンの母親バーバラ役のヴェラ・ファーミガは、サイコホラー“Bates Motel”で主役のノーマ・ベイツを演じてエミー賞候補となった。最近では、ハリケーン’カタリナ’に襲われたニューオーリンズの病院を描いた佳作“Five Days at Memorial”で主演していた。
 
異彩を放つのがサイコパスの新兵ヒックスを演じたアンガス・オブライエンで、こいつやたら面白い。
 
“What you just earned will never fade!”
原作はグレッグ・コープ・ホワイトによる回想録“The Pink Marine”。ショーランナー(兼共同脚本)のアンディー・パーカーは、’80年代のミュージック、絶妙のユーモア、さらに青春学園ドラマ的な魅力を巧みに融合させ、見事に映像化してみせた。最近では、AIの進化をテーマにした壮大なSci-Fiアニメ“Pantheon”を手掛けている。
 
本作は反戦ドラマでも好戦ドラマでもない。銃撃戦もなければ、『トップガン』のように勇敢な主人公が戦場で活躍する場面もない。
これは、青年の葛藤と成長の記録なのだ。
 
キャメロンは、『フルメタル・ジャケット』より“The Golden Girls”が好きな優しい青年。軽い気持ちで入隊したブートキャンプで将来の戦友たちと出会い、レイとの友情を再確認する。そして過酷で屈辱的な訓練を耐え抜き、厳格な教官たちとの交流を通じて、タフで思慮深い自立した大人へと変貌してゆく。
それは、しばしばラブストーリーと誤解される『愛と青春の旅立ち』(原題は“An Officer and a Gentleman”、1982)の真のテーマ「士官である前に紳士であれ」にも通じている。
 
ゲイの自分を一生閉じ込めて生きるのか、強い自分に変わるのか—キャメロンは苦悩する。芯が強く、異なる価値観を理解し、他人の気持ちを推し量る自分の稀有な資質に気づかない。1990年という厳しい環境下で描かれる、キャメロンの絶望と希望、挫折と成功は観る者の胸を打つ。
 
物語の大半は訓練場内で展開する。詳細に描かれるエグい海兵隊の訓練は新鮮で、罵声を浴びながら徹底的にシゴかれるおバカで頼りない新兵たちが哀れで笑える。(今では人権的に許されないレベルだろう。)
ゲイは本作の重要なファクターだ。だがそこに多様性を押しつけるような説教臭さはなく、素直に理解できる誠実さがある。
 
各エピソードはサクサク観られてやめられなくなる。感動が止まらないシーズンフィナーレは、キャメロンたちの将来を暗示する不穏なクリフハンガーでフィニッシュ。いや、お見事でした。
 
本作は、Netflixの片隅に埋もれた愛すべき小品。口コミで評判が広がり、シーズン2の制作につながって欲しい。
“Boots”は、ゲイの18歳が海兵隊のブートキャンプでのたうち回る、おかしくて悲しくて感動的なミリタリー・ドラメディなのだ!(“Oorah!”)
 
原題:Boots
配信:Netflix
配信開始日:2025年10月9日
話数:8(1話 40-50分)
 
写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
 

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第132回 “ALIEN:EARTH”

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第132回“ALIEN:EARTH”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 
予告編:『エイリアン:アース』 本予告

 
“The Alien Has Landed!”
リドリー・スコットが製作総指揮に名を連ねる本作は、昨年公開された『エイリアン:ロムルス』の22年前、オリジナル『エイリアン』(1979)の2年前を描く前日譚。エイリアンが遂に地球に到達する。
(シガニー・ウィーバーがいないと、こういう悲劇が起こるのよ。)
 
“Alien: Earth”はDisney傘下のFXが制作、マンネリ気味のエイリアン・フランチャイズに新風を吹き込むスーパーエンタメ・Sci-Fiホラーなのだ!
 
“They can sense fear!”
—西暦2120年
強欲なメガ企業5社が、地球と植民地化した太陽系惑星を支配する世界。
そこでは「人間」、「サイボーグ」(マシン強化型ヒューマン)、「シンセティック」(AI搭載のヒューマノイド型ロボット)が共存している。
 
—地球から8億500万マイル離れた宇宙空間
ウェイランド・ユタニ社の深宇宙調査船マジノ号は、65年にわたる探査を終えて地球に帰還するところだった。
クルーは当初の目的通り、5種の捕食性生命体を捕獲していた。だが封じ込めに失敗し、サイボーグの保安責任者モロー(バブー・シーセイ)以外は、全員が虐殺された。航空システムが故障したマジノ号は、凶暴な生命体を乗せたまま地球に向かっている。
 
—地球
プロディジー社が保有するネバーランド研究島では、史上初めて「ハイブリッド」の誕生を迎えるところだ。被験者は余命わずかな11歳の少女マーシー。彼女は革新的技術によって、意識を取り込んだ強靭なシンセティックとして生まれ変わる。このハイブリッド技術は、近々同社の主力商品になるはずだ。
マーシーは自分の新しい名を‘ウェンディ’に決めた。
 
数か月後、マジノ号が地球に墜落し、プロディジーシティの高層タワーに突き刺さった。生存者救出のために、同社の軍隊が投入された。
 
ウェンディ(シドニー・チャンドラー)はニュースを見て愕然とした。兄のジョー(アレックス・ローサー)は軍の衛生兵なのだ。妹が死んだと思っているジョーは、ウェンディの存在を知らない。
 
ウェンディは救出任務を志願する。プロディジー社の若き天才CEOボーイ・カヴァリエ(サミュエル・ブレンキン)は、ゴーサインを出した。カヴァリエは、船内の生命体を横取りするつもりだった。
 
隊長を務めるシンセティックの科学者カーシュ(ティモシー・オリファント)、リーダーのウェンディ、「ロストボーイズ」と呼ばれる新米のハイブリッド5名からなる、即席の特殊部隊が組織された。
 
戦闘経験の乏しい彼らは、これから5種のエイリアンと対峙することになる…。
 
“Now I’m a forever girl!”
ウェンディを演じるシドニー・チャンドラーはカイル・チャンドラー(“Friday Night Lights”)の娘。ハードボイルド・ドラマ“Sugar”(本ブログ第116回参照)では、行方不明になるティーンエージャーを印象的に演じた。本役では、エキセントリックな魅力と高い演技力で、エイリアンたちと互角の存在感をアピールする。
 
ウェンディの兄ジョー役のアレックス・ローサーは英国出身。青春ブラックコメディ“The End of the F***ing World”(『このサイテーな世界の終わり』)では、主役のサイコパス少年を演じた。優しいがヌルいジョーのキャラにぴったりだ。
 
プロディジー社のCEOカヴァリエ役のサミュエル・ブレンキンも英国出身で、舞台版『ハリー・ポッター』ではスコーピウス・マルフォイを演じた。ピーター・パン症候群の天才サイコパス役に上手くハマった。
 
サイボーグの保安責任者モローを演じたバブー・シーセイは、怒涛のカンフードラマ“Into the Badlands”のピルグリム役が懐かしい。孤独な復讐者となるモローの重要性は、エピソードを重ねるごとに高まっていく。
 
シンセティックの科学者カーシュ役のティモシー・オリファントは、主役の連邦保安官ギヴンズを演じた“Justified”が代表作。無表情でクールなカーシュは、『ブレードランナー』でルトガー・ハウアーが演じたレプリカントを髣髴させる。
 
『エイリアン』のテーマパーク・バージョン!
ショーランナー(兼共同監督兼共同脚本)のノア・ホーリーは、ドラマ版“Fargo”(本ブログ第13回参照)全5シーズンの製作、監督、脚本でエミー賞に計11回ノミネートされている才人だ(受賞は1回)。
 
オリジナルシリーズの魅力は、①宇宙船内の閉塞感から生まれる恐怖、②戦うヒロイン、③H・R・ギーガーによるエイリアン(ゼノモーフ)のメタリックな造形美だろう。
この3点は本作でも忠実に踏襲されている。特に第5話で解き明かされるマジノ号の惨劇は圧巻で、『エイリアン』のリブートのような完成度だ。
 
また、本作には新たな世界観が導入されている。マグセブン(Microsoft、NVIDIA、TeslaなどのメガIT企業7社)を思わせる5大企業が支配し、人間と不老不死のサイボーグ、シンセティック(およびハイブリッド)が共存する世界だ。プロディジーシティに『ブレードランナー』の退廃的な雰囲気が漂うのは、リドリー・スコットへのオマージュか。
 
ストーリーはウェイランド・ユタニ社とプロディジー社の支配権争いを背景に、エイリアン5種の脅威とウェンディの成長が交錯する。さらに、「ゼノモーフとウェンディとの交流」「人間の兄ジョーとハイブリッドの妹ウェンディとの絆」「ハイブリッドの反乱」など、魅力的なサブストーリーが走る。
終盤はさながら『エイリアン』のテーマパーク・バージョンの様相で、劇的なシーズン・フィナーレへ突入する。
 
『エイリアン』のドラマ化はハードルが高い。閉塞空間で襲いかかる生命体だけでは間が持たないからだ。ウェンディという魅力的なキャラクターを創造して‘エイリアン5種盛り’との「2本立て」とし、よりエンタメ性の高いエイリアン・ドラマにまとめ上げたホーリーの手腕には唸らされる。
“Alien: Earth”は、マンネリ気味のエイリアン・フランチャイズに新風を吹き込むスーパーエンタメ・Sci-Fiホラーなのだ!
 
原題:Alien: Earth
配信:Disney+
配信開始日:2025年8月13日~9月24日
話数:8(1話 46-66分)
 

写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第131回 “MURDERBOT”

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第131回“MURDERBOT”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 
予告編:『マーダーボット』 本予告

 
『マーダーボット・ダイアリー』がドラマになった!
本作の原作は、筆者も愛読するマーサ・ウェルズの『マーダーボット・ダイアリー・シリーズ』。3大SF文学賞(ネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞)に輝く人気シリーズだ。
 
“Murderbot”はApple TV+オリジナル、シニカルだがドラマ好きで対人恐怖症のイケメン警備ユニットが大活躍するSci-Fiアクションコメディなのだ!
 
“Stay calm. It’ll be okay. You have my word”
—近未来の宇宙航行社会
警備ユニット(“SecUnit”)#238776431(アレクサンダー・スカルスガルド)は、有機組成と機械構造から成る、高い知能と戦闘能力を備えた再生品サイボーグだ。
強欲な企業リムに保有されている同機は、密かに自分の統制モジュールのハッキングに成功していた。行動制限を無効化したので、もう人間の命令に従う必要はない。
ふざけ半分に、同機は自分を「マーダーボット」(以下ボット)と名付けた。
 
だがこのことを企業リムに知られたら、スクラップにされてしまう。ボットは当面の間、人間に服従するふりをすることにした。
 
ボットの唯一の楽しみは、エンタメチャンネルでドラマを観ること。一番のお気に入りは、壮大なスペース・ソープオペラ『サンクチュアリームーンの盛衰』(“The Rise and Fall of Sanctuary Moon”)だ。
 
ボットの新たな任務は、ある惑星における調査隊の警備だった。彼らはヒッピー風の科学者グループで、ボットのような格安の再生品ユニットしか雇う余裕がなかったのだ。
 
人格者のリーダー、メンサー博士(ノーマ・ドゥメズウェニ)はテラフォーミング(地球惑星化)の専門家。グラシン博士(デヴィッド・ダストマルチャン)は、インターフェースを体内に埋め込んだ強化人間。他に4人の専門家を加えた計6人が調査隊のメンバーだ。
 
調査の初日、フィールドの地底から突如巨大生物が現れ、メンバー2人に襲いかかった。ボットは果敢に戦い、重傷を負いながらも何とか彼らを守り抜いた。
 
この事件のおかげで、ボットはメンバーからの信頼を得た。だが、カムコーダーを分析したグラシン博士は疑問を持つ。
“Stay calm. It’ll be okay. You have my word”—ショック状態に陥ったメンバーに、ボットはこう語りかけていた。警備ユニットにこのようなプログラミングは存在しない。
ボットはこのセリフを『サンクチュアリームーンの盛衰』から引用していた。
 
さらにボットには悩みがあった。再生前の断片的な記憶から判断するに、どうやら自分は以前大量殺人を犯したらしい。
 
チャーミングなボット役にハマったスカルスガルド!
ボット役のアレクサンダー・スカルスガルドは、スウェーデンの名優ステラン・スカルスガルドの息子。メガヒットしたヴァンパイアドラマ“True Blood”でブレークし、準主役のエリックを全7シーズン演じた。“Big Little Lies”(本ブログ第45回参照)では、キモ怖いDV夫を怪演してエミー賞&ゴールデングローブ賞を受賞。最近では、強烈な風刺コメディ“Succession”でIT企業のカルト的CEOを演じた。
スカルスガルドは、無機的だがチャーミングなボット役にみごとにハマった。
 
英国&南ア国籍のノーマ・ドゥメズウェニは舞台出身で、ローレンス・オリヴィエ賞を2度受賞している。アメリカン・ドラマでは、“Presumed Innocent”の判事役が記憶に残る。今回はボットの良き理解者となるメンサー博士を貫禄で演じた。
 
意地の悪いグラシン博士役のデヴィッド・ダストマルチャンは、リブート版“MacGyver”で宿敵マードックを演じた。来年配信予定の“One Piece”(本ブログ第107回参照)のシーズン2では、海賊の1人Mr.3に扮する。
 
劇中劇『サンクチュアリームーンの盛衰』で、ホセイン船長をシリアスに演じて笑いをさらうジョン・チョーは韓国出身。大ヒットおバカ映画“Harold & Kumar”3部作(2004~、なぜか日本で未公開)のハロルド役で人気者となった。
 
センスが光る劇中劇のヴィジュアル化!
ショーランナー(兼共同監督兼共同脚本)はポール&クリスのワイツ兄弟。2人はスーパーヒットコメディ『アメリカン・パイ』(1999)、『アバウト・ア・ボーイ』(2002)を手掛け、後者ではアカデミー脚色賞にノミネートされた。兄のポールは高評価を得たミュージックドラマ“Mozart in the Jungle”を手掛け、クリスは『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)の共同脚本を担当している。
 
本作はシリーズ第1作『システムの危殆』(“All Systems Red”、2017/創元SF文庫『マーダーボット・ダイアリー上巻』に収録)がベース。全編がほぼ忠実に映像化されている。
最大の魅力はボットの愛すべきキャラに尽きる。タフで強面のシニカルなサイボーグは、ヘルメットを取ると気まずくて人間とアイコンタクトすらできない。
 
秀逸なのは劇中劇『サンクチュアリームーンの盛衰』の大真面目なヴィジュアル化だ。ドラマならではのアイディアで、タイトルロゴやテーマソングまで揃えてある。このドラマはボットにとって人生ガイドと同時に、敵と戦う際の戦略書となっている。
中でも、パニック障害の発作を起こしたメンサー博士を落ち着かせるために、ボットがエピソードのひとつを再生して見せるシーンは爆笑ものだ。
通俗的でチープなドラマと、それを愛する冷笑的なボットとのギャップを狙った、ワイツ兄弟の鋭いセンスが光る。
 
ストーリーは、ボットと調査隊メンバーとのぎこちない交流、メンバーの抹殺を図る未知の敵との攻防、ボットの過去を巡る謎が絡みあって目が離せない。
フィギュアを使ったお茶目なオープニングクレジットは何回観ても楽しく、30分前後のエピソードはアッという間に終わってしまう。エンディングは予想外にハートウォーミングで切なくなる。
 
シーズン2の制作も決まった。“Murderbot”は、シニカルだがドラマ好きで対人恐怖症のイケメン警備ユニットが大活躍するSci-Fiアクションコメディなのだ!
 
次回は話題の”Alien: Earth”を紹介する。同じSci-Fiドラマでも“Murderbot”とは対極にあり、見比べると面白いぞ!
 
原題:Murderbot
配信:Apple TV+
配信開始日:2025年5月16日~7月11日
話数:10(1話 22-34分)
 
<今月のおまけ> 「これもお勧め、アメリカン・ドラマ!」(7月~9月)
※本ブログで過去に紹介した作品の新シーズンは除きます。
 
●“Chief of War”(『チーフ・オブ・ウォー』、Apple TV+)
『アクアマン』のジェイソン・モモア主演、ハワイの統治を巡って主要4王国が凄絶な戦いを繰り広げる実話ベースの活劇ドラマ!
 
●“The Girlfriend””(『ザ・ガールフレンド ~あなたが嫌い~』、Amazon Prime)
ロビン・ライト主演、息子を溺愛する常軌を逸した母親と、息子が恋に落ちたサイコパスのガールフレンドとの卑劣な騙し合いを描くセクシー・サイコスリラー!
 
●“Lioness”(『特殊作戦部隊:ライオネス』、U-NEXT)
ゾーイ・サルダナ主演、N・キッドマン&M・フリーマン共演、売れっ子クリエーターのテイラー・シェリダンが仕掛ける渾身のポリティカル軍事アクションのシーズン2!
 
●“Untamed”(『大地の傷跡』、Netflix)
ヨセミテ国立公園の雄大な大自然を背景に、公園局の特別捜査官(エリック・バナ)が女性の転落死の真相に迫っていく斬新なクライムドラマ!
 
●“Duster”(『DUSTER/ダスター』、U-NEXT)
‘70年代のアリゾナ州フェニックスを舞台に、犯罪組織の運び屋とFBI初の黒人女性捜査官が繰り広げる、カーアクション満載のレトロなクライムドラマ!
 
●“Pantheon”(『パンテオン:デジタルの神々』、Netflix)
SF短編の名手ケン・リュウ原作、シンギュラリティ(AIが人類を超える時点)が迫る近未来を舞台に、UI(“Uploaded Intelligence”)の台頭とそれに翻弄される人々を描く壮大なSci-Fiアニメ!
 
●“Ballard”(『バラード 未解決事件捜査班』、Amazon Prime)
マイクル・コナリー原作、マギー・Q主演、“Bosch”(本ブログ第20回参照)からのスピンオフで、シリアルキラーと腐敗警官グループを追うLAの刑事レネイ・バラードの活躍を描くクライムドラマ!
 
 
写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
 
 

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第130回 “DOPE THIEF”

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第130回“DOPE THIEF”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 
―鈴木純一さんのコラム『戦え!シネマッハ!!!!』連載終了に寄せて―
鈴木さんのコラムが6月で終了してしまいました。映画の「予告編」と「悪役」をテーマにした切り口は斬新で、毎回楽しみにしていたのでとても残念です。映画愛あふれる自筆のイラストも素敵でした。
また、最終回では私の米国駐在時代のコラム『テキサス映画通信:Houston, We have a problem!』にも触れていただき、ありがとうございます。熱量の高かった昔を思い出しました。
 
これからも、ともに映画ファンとしてあり続けましょう。
長い間の連載、お疲れさまでした!
 
では、今月のドラマなのだ。
 
予告編:『ドープ・シーフ』 本予告

 
不運な小悪党2人のバディ・クライムコメディ!
本作の原作はデニス・タフォヤの同名小説(未訳、2009)。“dope”には‛麻薬’と‛間抜け’の意味があるので、このイケてるタイトルは「麻薬強盗」と「間抜けな強盗」のダブルミーニングになっている。
 
“Dope Thief”はApple TV+オリジナルのリミテッド・シリーズ。不運な小悪党2人が、麻薬カルテルとDEA(麻薬取締局)に追われ、いたぶられ、のたうち回る、極上のバディ・クライムコメディなのだ!
 
“See, the key is preparation, right?”
―ペンシルベニア州フィラデルフィア
レイ(ブライアン・タイリー・ヘンリー)とマニー(ワグネル・モウラ)は決して悪い人間ではない。だが若いころから悪事に染まっていて、強盗くらいしか稼ぐ手段を知らない。
 
2人のターゲットは、自宅でドラッグを精製しているティーンエイジャーだ。十分にリサーチをしてからDEAの捜査官になりすまし、キャッシュとブツを奪う。儲けは少ないが反撃されることも通報されることもない、安全で堅実なビジネスだ。蔓延するドラッグをコミュニティから取り除くという、彼らなりの言い訳も立つ。
 
レイの父親バート(ヴィング・レイムス)は、長い間ムショ暮らしをしている。レイを養子にして育ててくれたのは、バートの愛人テレサ(ケイト・マルグルー)だった。レイ自身にも前科があり、現在はアルコールとドラッグ依存症のリハビリ中だ。
レイは、テレサが医療費の請求書を山ほど抱えていることに気づく。問い詰めると、1万ドル必要だという。
 
マニーはブラジルからの移民で、レイとは幼なじみだ。信心深く、早く足を洗って恋人のシェリーと結婚したいが、先立つものがない。
 
2人はリスクを取って一獲千金を目指すことにした。レイの囚人仲間だったリックを誘い、郊外にあるメス(メタンフェタミン)の精製工場を襲撃する。だがハイになっていたリックが突然発砲して、銃撃戦になった。
レイは負傷し、リックと相手3人が死亡した。
 
パニくったレイとマニーは工場に火をつけて、大金の詰まった鞄とドラッグを奪って逃走する。
 
2人が襲ったのは、麻薬カルテルの工場だった。カルテルは直ぐにレイの正体を突き止め、手先のバイカーギャングを差し向けた。
 
追手はレイとマニーのみならず、彼らの家族、友人にも迫る。
一方、死んだと思われていたメスの製造者の一人、ミーナ(マリン・アイルランド)は命を取り留めていた。実は、彼女はDEAのおとり捜査官だった!
 
鉄板キャストの6人!
レイ役のブライアン・タイリー・ヘンリーは、大ヒットコメディ“Atlanta”で演じたラッパーの‛ペーパー・ボーイ’でブレークした(エミー賞助演男優賞にノミネート)。コメディアン顔だが芸幅は広く、高い演技力で演劇・ミュージカルもこなす才人だ。ジェニファー・ローレンスと共演した小品『その道の向こうに』(2022)では、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされている。
 
マニー役のブラジル人俳優ワグネル・モウラは、Netflixの“Narcos”で実在したコロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルを演じて、ゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされた。“Shining Girls” (本ブログ第95回参照)では、イメチェンして準主演の新聞記者役を好演。滋味のあるいいアクターだ。
 
主演2人の相性の良さは抜群で、喧嘩しながらも一層強まっていくレイとマニーの友情には胸を打たれる。
 
テレサ役のケイト・マルグルーの代表作はもちろん“Star Trek: Voyager”で、艦長キャスリン・ジェインウェイを全7シーズン演じた。刑務所ドラメディ“Orange Is the New Black”(本ブログ第4回参照)では巨漢のロシア人レッドを怪演、トレッキー(熱狂的Star Trekファン)たちの度肝を抜いた。
 
レイの父親バートを演じたヴィング・レイムスは、『ミッション:インポッシブル』シリーズのルーサー役で日本でも顔なじみだ。
 
ミーナ役のマリン・アイルランドは、“Sneaky Pete”(本ブログ第31回参照)でタフな保釈金立替業者ジュリア・ボウマンを演じて強烈な印象を残した。この人、‛凛とした姉御’を演らせたら天下一品だ。
 
渋い存在感を見せたのが、レイの信頼する麻薬バイヤーのサン・ファムを演じたダスティン・グエンだ。ベトナム出身のグエンはジョニー・デップと共演した“21 Jump Street”(1987年のドラマ版)がメジャーデビュー。武術家でもあり、怒涛のカンフードラマ“Warrior”でもいい味を出していた。
 
この6人はまさに適材適所、互いに強いケミストリーが働き鉄板のアンサンブルキャストとなった。
 
三つ巴の“cat-and-mouse”ゲーム!!!
ショーランナーのピーター・クレイグは、珍しく作家から脚本家への転身組だ(逆のコースはよく聞くが)。『ザ・タウン』『ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション/レジスタンス』『バッドボーイズ フォー・ライフ』『THE BATMAN -ザ・バットマン-』『トップガン マーヴェリック』『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』など、共同脚本家としてそうそうたる娯楽大作を手掛けてきた。
 
本作はクレイグにとって初のTVドラマ制作で、最終話の監督と全エピソードの脚本も担当した。また、製作総指揮に名を連ねるリドリー・スコットが、パイロット(第1話)の監督を務めている。
 
特に印象的なのは、クレイグのバランス感覚の良さだ。コメディ、ヒューマンドラマ、クライムドラマを絶妙なさじ加減でブレンドしているのだ。また、バディドラマでありながら、あえてレイに重きを置いたことでキャラに厚みが生まれ、ストーリーに深みが加わった。
 
前半はコメディタッチのシーンが多く、手に負えなくなる状況に右往左往するレイとマニーが笑わせる。中盤ではコメディとクライムドラマのオン/オフが見事に決まる。後半になると笑いは影を潜め、ピュアなクライムドラマへとシフトしていく。ラスト3話の緊迫感は圧巻で、レイとマニー、麻薬カルテル、DEAによる息をのむ三つ巴の“cat-and-mouse”ゲームが活写される。そして、ツイストの利いたエンディングが鮮やかに決まる。
 
“Dope Thief”はApple TV+の隠し玉。不運な小悪党2人が追われ、いたぶられ、のたうち回る、極上のバディ・クライムコメディなのだ!
 
原題:Dope Thief
配信:Apple TV+
配信開始日:2025年3月14日~4月25日
話数:8(1話 43-53分)
 
 
写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
 
 

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第129回 “Matlock”

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第129回“Matlock”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 
予告編:予告編:『マトロック』 本予告

 
名優キャシー・ベイツの最新作は渾身のヒューマン・リーガルドラマ!
先月77歳になったキャシー・ベイツの最新作は、往年の同名ドラマのユニークなリブート。
“Matlock”は民放大手のCBSが制作しParamount+が配信する、優しくてスリリングでウィットに富んだヒューマン・リーガルドラマなのだ!
 
“I’m Madeline Matlock, I’m a lawyer like the old TV show!”
―マンハッタン、ニューヨーク市
おたおたした様子の老婦人が、5番街の法律事務所ジェイコブソン・ムーアの正面入口へ入っていく。彼女は従業員の助けを借りてゲートを通過すると、エレベーターで21階まで上がった。一転して、わが物顔でミーティングルームへ入る。打ち合わせ中だった幹部たちは、珍客の登場にあっけにとられている。
 
マデリン・“マティ”・マトロックと名乗るその女性(キャシー・ベイツ)は75歳で、30年以上前に引退した弁護士だった。一人娘を失い、浮気性の夫はギャンブルの借金を残して死んだ。マティは12歳の孫と安アパートで暮らし、借金を返すために仕事が必要だ。高額のサラリーを払うこの名門法律事務所の採用面接に応募したが無視されたので、直接出向いてきたという。
 
鼻で笑う精鋭の弁護士たちを尻目に、マティはマネージングパートナーのハワード・マークストン(ボー・ブリッジス)に驚くべき情報を提供する。ジェイコブソン・ムーアが訴訟中の大手医薬品会社が、和解金の上限を2300万ドルに設定したというのだ。ハワードたちは、落としどころを1900万ドルと踏んでいた。
 
一瞬で4百万ドルの収益をもたらしたマティは、見習いアソシエイトとして雇われた。気性の激しいジュニアパートナーのオリンピア(スカイ・P・マーシャル)が、抵抗虚しくこのお婆さん弁護士のお守り役に指名された。2人のアソシエイト、陽気で人柄のいいビリー(デヴィッド・デル・リオ)と冷たい野心家のサラ(リア・ルイス)が、チーム・オリンピアのメンバーだ。
 
マティの初仕事は、冤罪で26年間投獄されていた男の賠償交渉だった。運よく彼女の経験と機転によって、事務所はNY市から巨額の賠償金を勝ち取った。
 
だが、実はマティの本名はマトロックではない。
彼女は郊外の大邸宅に住む資産家だ。
そして、自らに課した困難なミッションがあった。
 
“Kathy, the show must go on!”
キャシー・ベイツのレジュメは恐ろしく長いが、代表作はスティーヴン・キング原作の『ミザリー』(1990)だろう。彼女はジェームズ・カーンを極限まで拷問して世界中の男を戦慄させただけでは物足りず、同作でアカデミー賞&ゴールデングローブ賞の主演女優賞までさらってしまった。その後もゴールデングローブ賞を1回、エミー賞を2回受賞している。
 
本作では、円熟の演技と圧倒的な存在感でマティに命を吹き込み、ベイツの俳優人生の集大成となった。引退の噂もあったが、本役でもゴールデングローブ賞にノミネートされ、シーズン2の制作も決まった。もうしばらくマティを演じ続けてくれそうだ。
 
オリンピア役のスカイ・P・マーシャルは、ちょっと残念な医療ドラマ“Good Sam”で準主役の医師レックスを演じていた。過去の作品リストを眺める限り、本役で初めて出演作に恵まれたのでないか。
 
ビリー役のデヴィッド・デル・リオとサラ役のリア・ルイスは、黒子に徹してベイツを引き立てながらも、自己PRもできている。
 
ハワード・マークストンを演じたボー・ブリッジスは、ミシェル・ファイファー&弟のジェフと共演した『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(1989)が懐かしい。本作では、ベイツが浮かないように大物アクターとして作品のバランスを保っている。
 
お気に入りのスナックのようにクセになる!
ショーランナー(兼共同脚本)のジェニー・スナイダー・アーマンは、5シーズン続いたThe CWの大ヒットコメディ“Jane the Virgin”の生みの親だ。
 
オリジナル版は、アンディ・グリフィス主演で´86年から9シーズン続いたNBC/ABC制作の正統派リーガルドラマ。ただし本作は、“The Equalizer”や“Kung Fu”のように、主役を女性に置き換えて今風に焼き直したリブートではない。マティは「マトロック」という偽名を、娘の好きだったテレビドラマから思いついただけ。つまり、オリジナルをリスペクトしながらも、彼女の職業が弁護士という点を除けば共通点はない。こんなリブート、聞いたことがない。
 
生き馬の目を抜くNYの訴訟社会では、幹部以外の高齢弁護士は数少なく軽視される。それがマティにとって最大の武器となる。
 
彼女は時代遅れで頼りなく見えるが、訴訟をこなすにつれて全盛時代の鋭さを取り戻していく。だが当時のように非情になり切れない。マティは年齢を重ねたことで、ときとして事務所の勝利至上主義に反感を覚え、感情に流されて敵方に同情してしまう。このキャラクターアーク(人物の成長・変化の軌跡)が彼女の魅力を一層際立たせている。
 
法廷戦略はオリンピアが立案する。情弱なマティを調査能力にたけたサラがフォローし、ビリーがチームの緩衝材となる。4人の間には次第に信頼と絆が育まれ、チーム・オリンピアは強固になっていく。
 
本作は、基本的には民放の王道である1話完結の勧善懲悪型法廷ドラマだ。とにかくパイロット(第1話)の冒頭6分間が秀逸の出来で、視聴者の心をつかんで離さない。
そして、後半になるとマティの極秘ミッションはサイドストーリーからメインストーリーへと転換し、二転三転しながら加速度的に緊迫感が高まる。
 
各エピソードは程よいツイスト、適度なヒューマンタッチ、絶妙のユーモアがブレンドされていて、お気に入りのスナックのようにクセになる。
“Matlock”は優しくてスリリングでウィットに富んだヒューマン・リーガルドラマなのだ!
 
原題:Matlock
配信:Paramount+(Amazon Prime、WOWOWオンデマンド、J:COM STREAM経由)
配信開始日:2025年4月18日~6月20日
話数:19(1話 41-43分)
 
写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
 
 

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第128回 “The Studio”

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第128回“The Studio”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 
予告編:『ザ・スタジオ』 本予告

 
ハリウッドを笑い飛ばすゴージャスな爆笑コメディ!
本作は、怖いもの知らずのセス・ローゲンが、映画制作の舞台裏を暴きながらハリウッドを笑い飛ばす、映画好きには垂涎の一作。
“The Studio”はApple TV+オリジナル、豪華ゲスト満載、レトロ感漂うゴージャスな爆笑コメディなのだ!
 
マーティン・スコセッシを裏切った男!
—ハリウッド、ロサンゼルス
マット・レミック(セス・ローゲン)は、「映画の神殿」と呼ばれるコンチネンタル・スタジオの幹部。独身で勤続22年のワーカホリック、優柔不断でかなりウザい男だ。今やハリウッドでは少数派となったアートフォームとしての映画の信奉者でもある。
 
マットが待ち望んでいた昇格のチャンスが、突然降って湧いた。コンチネンタル・グループの新CEOグリフィン・ミル(ブライアン・クランストン)が、大コケ作品を連発するスタジオ代表のパティ・リー(キャサリン・オハラ)をクビにしたのだ。
 
グリフィンはマットを新たなスタジオ代表に選んだ。ただし条件が2つ。芸術系作品は扱わず、利益至上主義に徹すること。次作として、飲料メーカーのアニメキャラ「クールエイドマン」を主人公にした大作を作ること。つまり、“film”ではなく“movie”を作れということだ。マットは不本意ながら同意するしかなかった。
 
「クールエイドマン」の監督を求めて、マットは敬愛するマーティン・スコセッシ(本人)と会う。折しもこのレジェンド監督は、「ジョーンズタウンの集団自殺」をテーマとした脚本を書きあげていた。カルト教団の実話で、多くの信者が毒入りクールエイドを飲んで自殺した事件だ。
マットは舞い上がった。これを「クールエイドマン」として制作すれば、オスカーとブロックバスターを同時に狙えるではないか。マットはその場でスコセッシから脚本を買い取り、巨額の予算を約束してしまう。
 
グリフィンは激怒した。なぜ大手スポンサーの製品を辱める映画を作る? ビビったマットは、それはクールエイドを守るための戦略で、スコセッシの企画を事前に闇に葬ったのだと説明する。
 
グリフィンは一転してマットの先見の明を褒めたたえた。
 
シャーリーズ・セロン(本人)のパーティーで悪い知らせを聞いたスコセッシは、彼女の胸で泣いた。
 
間違いなくセス・ローゲンの代表作!
カナダ生まれのセス・ローゲンはスタンダップ・コメディアン出身。2000年代のコメディシーンを席巻したジャド・アパトーに見いだされ、『40歳の童貞男』(2005)、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(2007、共同脚本)、『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』(2007、この邦題は何とかしてよ)などに出演した。クリエーター、製作総指揮、監督、脚本、主演の5役を務めた本作は、間違いなく彼の代表作となった。
 
マットの前任者パティ・リー役のキャサリン・オハラもカナダ出身のベテランアクターだ。大ヒットコメディ“Schitt’s Creek”のモイラ役で、2020年度のエミー賞、ゴールデングローブ賞、SAGアワード(全米映画俳優組合賞)で主演女優賞の3冠に輝いた。最近では、“The Last of Us”(本ブログ第101回参照)のシーズン2で主人公ジョエルのセラピストを演じた。
 
制作部副社長でマットの親友サルを演じたアイク・バリンホルツは、2000年代にヒットしたカルト的スケッチコメディ“MADtv”で主演とライターを務めた。本作では、ゴールデングローブ賞授賞式で突如スポットを当てられバズってしまうシーンで笑いを独り占めする。
 
気性の激しいマーケッティング責任者マヤ役のキャスリン・ハーンは、MCU(“Marvel Cinematic Universe”)の“WondaVision”とそのスピンオフ“Agatha All Along”で、スーパー魔女アガサ・ハークネスを演じている。
 
新CEOのグリフィン・ミルを演じたブライアン・クランストンは、言わずと知れた“Breaking Bad”のウォルター・ホワイト。コメディ畑出身で、最後の2エピソードでは抱腹絶倒の演技を見せてくれる。
 
結局は映画愛を謳うドラマだった!
クリエーターはセス・ローゲンとエヴァン・ゴールドバーグ(他3人)で、このペアは全話の監督と一部脚本も担当している。“Invincible”(本ブログ第83回参照)、“The Boys”(本ブログ第63回参照)とそのスピンオフなど多くの映画・ドラマを手掛けてきた。
 
レトロ感が漂う画面に、ロングテイク(長回し)を多用した撮影が見事にマッチしている。うっとおしいマットがトラブルを解決しようと右往左往するたびに、ハリウッドの内情が面白おかしく暴露される仕掛けだ。
 
各エピソードにも趣向が凝らしてあり、冒険アクション、アート風LGBT作品、ノワール、ホラーコメディなどあらゆるジャンルの映画製作、さらにゴールデングローブ賞やCinemaConの様子も楽しめる。中でも、マットたちがロン・ハワードの新作の退屈な個所を何とかカットしようと奮闘する第3話、アイス・キューブを中心に多様性を満たすキャスティングを考え過ぎて迷宮にはまる第7話には爆笑させられる。
 
スコセッシに始まり、シャーリーズ・セロン、スティーヴ・ブシェミ、ロン・ハワード、アンソニー・マッキー、アイス・キューブ、オリビア・ワイルド、ザック・エフロン、ジョニー・ノックスヴィル、アダム・スコット、ゾーイ・クラヴィッツ、テッド・サランドス(Netflixの共同CEO)など、多彩なゲストを集めるセス・ローゲンの人脈に驚かされる。本人役で登場するこれらセレブたちは、豪華なだけでなくリアリティを高めている。
 
本作を’風刺コメディ’と形容するのは誤りだ。Netflixの会員数が世界で3億人を超え、AmazonがMGMを所有するいま、オールドファッションな映画スタジオは存続の危機にある。マット・レミックの言動は馬鹿げているが、そこにシニカルな響きはない。あるのは、誰よりも劇場で映画を観るのが好きな男の悲痛な叫びだ。
 
シーズン2の制作も決まった。“The Studio”は、ハリウッドを笑い飛ばしながらも実は映画愛を高らかに謳うドラマだった!
 
原題:The Studio
配信:Apple TV+
配信開始日:2025年3月26日~5月21日
話数:10(1話 23-44分)
 
<今月のおまけ> 「これもお勧め、アメリカン・ドラマ!」(4月~6月)
※本ブログで過去に紹介した作品の新シーズンは除きます。
 
●“Blue Bloods”(『ブルーブラッド ~NYPD家族の絆~』、Hulu Japan)
トム・セレック&ドニー・ウォルバーグ主演、“Hill Street Blues”、“NYPD Blue”と並ぶ警察ドラマの金字塔の堂々たるファイナルシーズン(S14)!
 
●“Mid-Century Modern”(『ミッドセンチュリーモダン』、Disney+)
マット・ボマー&ネイサン・レイン&ネイサン・リー・グレアム主演、ボマーのコメディセンスが光る、ゲイの親友3人が織りなすチャーミングなシットコム!
 
●“NCIS: Origins”(『NCIS:オリジンズ』、Paramount+)
“NCIS”フランチャイズのスピンオフ第6弾は、マーク・ハーモンが演じた特別捜査官リロイ・ジェスロ・ギブスの若き日々を描くオリジナルシリーズの前日譚!
 
●“Forever”(『君との永遠』、Netflix)
幼なじみだったティーンエイジャー2人が再会し、恋に落ち、すれ違いとケンカを通して愛を育んでいく、とびきりキュートでビターなラブストーリー!
 
●“Daredevil: Born Again”(『デアデビル:ボーン・アゲイン』、Disney+)
主人公は盲目の弁護士、MCU史上最もバイオレントで最も面白い、7年ぶりに復活したダーク・スーパーヒーロー・ドラマのシーズン4!
 
●“Motorheads”(『モーターヘッズ』、Amazon Prime Video)
これは今年のダークホース!田舎町を舞台に大人たちのノスタルジアとティーンエイジャーたちの恋、友情、ストリートカーレースを描く、車好きにはたまらないクールな青春ドラマ!
 
●“Number One on the Call Sheet”(『Number One on the Call Sheet』、Apple TV+)
ドウェイン・ジョンソン、W・スミス、W・ゴールドバーグ、H・ベリーなど、世界的な人気の黒人アクターのインタビューを通じて、ハリウッドに根強く残る人種の壁を映し出す渾身のドキュメンタリー!
 
●“Super/Man The Christopher Reeve Story”(『スーパーマン/クリストファー・リーヴの生涯』、U-NEXT)
1995年に落馬事故で四肢麻痺になり、その後に真のスーパーヒーローとなったC・リーヴとその家族を描く、DC/HBO/CNNコラボによる感動のドキュメンタリー!
 
写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
 
 

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第127回 THE PITT”

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第127回“THE PITT”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 
原題:The Pitt
配信:U-NEXT
配信開始日:2025年1月10日~4月11日
話数:15(1話 41-61分)
予告編:『ザ・ピット / ピッツバーグ救急医療室』 本予告

 
“Noah Wyle is back on ER!”
Max(旧HBO Max)が制作しU-NEXTが配信する本作で、“ER”のノア・ワイリーが16年ぶりにERドクターとしてカムバックした。
“The Pitt”は現時点で本年度のベストドラマ、「ピッツバーグ救急医療室」の終わりなき戦いを圧倒的な臨場感で活写する、迫真のメディカルドラマなのだ!
 
※本稿ではドラマ名を“ER”、「救急医療室」をERと表記した。
 
“The hospital saves money keeping patients down here in the Pitt”
—ペンシルベニア州ピッツバーグ、7:00AM~10:00PM
マイケル・“ロビー”・ロビナヴィッチ(ノア・ワイリー)は、ピッツバーグ救急医療室(“Pittsburgh Trauma Medical Center -Emergency Department”)の責任者兼指導医(“chief attending”)だ。
 
ここには有能なスタッフが揃っているが、患者満足度は経営目標の36%に対してわずか8%。看護師とベッド不足で、患者が8時間(長いときは12時間!)も待合室に閉じ込められるからだ。
 
利益優先の経営陣に対して、ロビーにできることはほとんどない。若い医師のスキルを高め、新米を一刻も早く一人前に育て、チームとしてまとめ上げる。そして一人でも多くの患者を救うしかない。
 
ヘザー・コリンズ(トレイシー・イフェアチョア)とフランク・ラングドン(パトリック・ボール)は、ロビーが信頼する後期専攻医(“senior resident”)だ。コリンズは妊娠を隠して勤務している。
 
デイナ・エヴァンス(キャサリン・ラ・ナサ)はこの道ひと筋32年の主任看護師(“charge nurse”)。彼女なしでは秩序が保てず、ロビーは仕事ができない。
 
キャシー・マッケイ(フィオナ・ドゥーリフ)は、11歳の息子を持つ元アルコール依存症の研修医(“resident”)。同じ研修医のモハンは共感力が高すぎてわずかな患者しか捌けず、専攻医のキングは自閉症気味で人間関係に苦しみ、初年度研修医(“intern”)のサントス(イサ・ブリオネス)は自信過剰で利己的だ。
 
実習生(“MS: medical student”)の2人、農家の末っ子ウィテカーは優しい性格だが自信に欠け、才媛のジャバディは高名な外科医の母親からのプレッシャーに悩む。
キング、サントス、ウィテカー、ジャバディはこのERでの初日を迎える。
 
今日はロビーの恩師で前任者だったアダムソン医師の命日だ。アダムソンは新型コロナ(“COVID-19”)で命を落とした。
いつものように待合室は不満だらけの患者であふれ、さらに重傷者が次々と到着する。
ロビーにとって、とりわけ辛くて長い1日が始まった—
 
“Noah Wyle shines on ER again!”
ノア・ワイリーは国民的ヒットドラマ“ER”(1994-2009)で演じた若き医師ジョン・カーター役で大ブレーク、同役でゴールデングローブ賞に3回、エミー賞に5回ノミネートされた。Sci-Fiアクション“Falling Skies”、ファンタジー・アクション“The Librarians”もクリーンヒット。
製作総指揮と共同脚本も務めるワイリーは、タフでシニカル、飛び抜けて有能なロビーをジョン・カーターの二番煎じにせず、巧みに演じ分けた。本役で念願のエミー賞に輝くのではないか。
 
主任看護師デイナ役のキャサリン・ラ・ナサは、渋いウェスタン・クライムドラマ“Longmire”で演じた主人公の恋人リジー役が懐かしい。最近では、マーベルの“Daredevil: Born Again”で見かけた。タフで優しく地味な美人のデイナは、ドラマに温かみと安定感を与えている。
 
マッケイを演じたフィオナ・ドゥーリフは、映画『チャッキー・シリーズ』および“Chucky”(本ブログ第118回参照)のニカ役が怖かった。苦労人の研修医役にぴったりだ。
 
インターンのサントスを演じたイサ・ブリオネスは、“Star Trek: Picard”でアンドロイドを含む4役をこなした。歌手でミュージカル・アクターでもあり、野心家のサントスを憎々しく演じている。
 
コリンズ医師役のトレイシー・イフェアチョア、ラングドン医師役のパトリック・ボール、さらに研修医・実習生を演じるアクターたちは、知名度こそ低いが演技に説得力がある。アメリカン・ドラマの奥深さを支えるのは、アクターたちの裾野の広さ、層の厚さなのだ。
 
“ER” + “24” = “The Best Medical Drama on TV ever!”
ショーランナー(兼共同脚本)のR・スコット・ゲミルは、”JAG”(NCISのスピンオフ元)、“ER”、“NCIS: Los Angeles”、“The Unit”などを手掛けた掛け値なしのヒットメーカーだ。
 
ゲミルが舞台に選んだピッツバーグは、「鉄鋼業が衰退した過去の都市」というイメージが強い。だが現在は全米でも有数のテック企業が集まっており、医療分野でもトップクラスだ。
(タイトルの“The Pitt”は、ピッツバーグと、ERを表すスラング“the pit”に掛けている。)
 
本作は15時間1シフトを1話1時間(全15話)でリアルタイムに描く。この“24”スタイルが極めて効果的で、ERが持つカオス感、スピード感、緊張感と絶妙にマッチし、圧倒的な臨場感を生み出した。
 
キャラクターたちの病院外での私生活は一切描かれない。ロマンスはもちろん、最近のドラマにありがちな過剰に感傷的な家族愛もない。視聴者は登場人物同士またはスマホでのさりげない会話から、彼らの人生を垣間見る。思い切ってぜい肉をそぎ落としたこの潔さは小気味いい。医療ドラマ史上最大のヒット作となったソープオペラ“Grey’s Anatomy”とは対極の作風だ。
 
医師たちは治療を通して患者の人生に触れ、無意識に自分の人生に投影する。共感なしでは成長できないが、適度な距離感を保たないと疲弊して精神が崩壊してしまう。
また医者、看護師、患者、患者の家族の葛藤を通して、病院経営者の人命軽視、貧困格差、依存症、フェンタニルの恐怖、患者の暴力、介護の限界、DV、未成年の妊娠といったアメリカ医療業界の闇が抉り出される。
 
冷徹な視点とリアリティ重視のストーリーには微塵の妥協もなく、視聴者に衝撃を与え、考えさせ、見え隠れする希望を与える。中でも、銃乱射事件によって112人の犠牲者が搬送される3話連続エピソードは必見で、鳥肌が立つ面白さだ。
クリフハンガーを使わず、余韻を残す穏やかなシーズンフィナーレも心に残る。
 
あくまでシーズン1だけの評価だが、完成度の高さは群を抜いていて、レベル的にはこのジャンルの頂点に達したドラマといえるだろう。
シーズン2の制作も決まった。“The Pitt”は、ERの医師と看護師たちの終わりなき戦いを活写する迫真のメディカルドラマなのだ!
 
写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
 
 

Tipping Point Returns Vol.31 「一読一聴(いちどくいっちょう)」は正しいか?

マスメディアから情報を得ようとする場合、読者や視聴者は一度しか読まないし一度しか聴かない――。多少の例外こそあれ、そう考えて言葉を紡ぐのがプロの心得だと伝えてきた。私の授業を受けて、私の顔や名前は思い出せなくても「一読一聴」というフレーズは頭に残っているという人もいるだろう。

日本映像翻訳アカデミーを設立する以前、東京・渋谷にあった編集者やライターの養成校で指導を始めた時からだから、もう30年以上になる。時代は移ろってもこの持論が揺らぐことはなく、「ことばのプロ」を目指す人は強く心得るべしと訴え続けてきた。

今にして思えば、冗談のような話がある。最近の授業では「一読一聴」と説いた瞬間に(なるほどね)、(そういうことか)と受講生の皆さんが納得しているのがわかる。そういう空気だから、すぐに指導を次のステップに進めることができる。ところが、2000年の前半くらいまでは、そうではなかった。「一読一聴」の重要性は、多くの受講生に対して一読一聴では伝わらなかったのだ。

スキルやコツを指導する前に、受講生が自分なりに書いた原稿を「第一稿」と呼んでいる。第一稿から一読に難がある部分を例に挙げて「一読一聴」の有効性を説くのだが、少なからずの受講生が(何それ)、(子供が読む文章じゃあるまいし)などと拒絶反応を示した。拒絶こそせずとも(そうなんだ!)、(知らなかった!)と驚く人がほとんどだった。

「一回だけ読めば言いたいことがすーっと伝わる文章を書くのが正しい行為」ということが、当時の日本社会の常識ではなかったのである。私からそう指摘されて「国語の授業ではそんなふうに教わらなかったのに」と、へそを曲げる受講生がいたほどだ。

しかし、当時もプロの書き手や編集者の世界では、「一読一聴」は口に出すまでもない常識であり、不文律であった。日本人の多くは、自らが読み手のときにはそれを求めるのに、書き手になるとその考え方を否定していた。つまり、読み手と書き手、二つの異なる‛人格’を持ち合わせていたのだ。

今、そんな社会的な矛盾のすべてが解消されたわけではないが、「読み手が負担なく理解できるよう書いたり話したりするのが当たり前」という考え方が広く浸透しつつある。さきほど紹介した「一読一聴」を示された際の受講生の皆さんの反応の変化も、その証拠の一つだろう。学校教育の現場でも「文章というのは読み手が努力して読み解くべきもので、解釈できなかったり誤解したりするのは、読み込みが足りない」などという読解力重視の指導は過去のものになりつつあるという。

表題の「『一読一聴』は正しいか?」という問いに答えるならばこうだ。

正しい。正しいどころかマスメディア上での表現か否かを問わず、あらゆるコミュニケーションの場の常識となりつつある。だからことばのプロは、一心不乱に「一読一聴」の技能を追究し続けなければならないのだ。

昨今、このテーマについて語る、言語研究者や教育者、コミュニケーションの指導者らも増えている。その際は「読み手責任」と「書き手責任」という概念が用いられることが多い。

欧米では古くから書き手の責任、つまり「文章は伝わってなんぼ」という考え方が重んじられてきたのに対し、日本ではなぜか読み手に責任があることを前提とする「読解力育成教育」がなされてきた。だらだらと長いセンテンス、無駄で難解な修辞法、(行間は自分で想像せよ)と上から目線で文脈(コンテキスト)の解釈を押しつける不寛容さ、木を見て森を見ずの構成崩壊文(パラグラフの軽視)……。そんな文章が国語の教科書にまで採用され、理解できないのは読解力が未達のせいだとしてきた。そうした教育を受けていれば、書く文章は自然に読み手責任を前提としたものになる。

しかし、ようやく「読み手責任」VS「書き手責任」の議論に決着がついたようだ。今は読み手に責任を委ねるようでは「ことばのプロ」とは言えない。また、書き手責任を強く意識することで、AIと自身の執筆力の差別化が叶う。「どっちが読者をおもんばかり、寄り添った文章を書けるか。書いた文章に責任を持ち続けられるか。勝負しようぜ!」と。

ことばのプロを目指してる人も、プロとして活動している人も、今一度このことについて考えてみよう。そして、学び取った「一読一聴」の技法を矜持としてほしい。

(了)

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Tipping Point Returns by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第126回 “HIGH POTENTIAL”

“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第126回“HIGH POTENTIAL”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。

 
予告編:『ハイ・ポテンシャル』 本予告

 

美魔女の天才シングルマザー降臨!!!
本作は、Disney傘下の民放大手ABCが制作しDisney+が配信する、フランスの大ヒットドラマのリメーク。
“High Potential”は美魔女の天才シングルマザーがスカッと謎を解く、痛快なハイパー・ミステリーコメディなのだ!
 
“I have an IQ of 160 with high potential intellectual”
—ロサンゼルス、ダウンタウン
モルガン・ギロリー(ケイトリン・オルソン)はバツ2のシングルマザー。反抗期のエバ、10歳のエリオット、赤ん坊のクロエと毎日格闘している。モルガンの仕事は、LAPD(ロサンゼルス市警)の夜間清掃員(“cleaning lady”)だ。
 
モルガンはいつものようにイヤホンから流れる音楽に合わせて、踊りながら仕事をしている。すると、お尻をデスクに当てて、捜査資料を床にばら撒いてしまった。死体の写真が目に入る。モルガンがいるのは、重大犯罪課(“Major Crimes Division”)のオフィスだった。
 
興味を引かれたモルガンは資料にざっと目を通すと、今度は捜査ボードを見やる。被害者の妻の写真が貼ってあり、“SUSPECT”(容疑者)と書かれている。モルガンは赤いマーカーを取ると、その文字を二重線で消して“VICTIM”(被害者)と書き込んだ。
 
翌朝、担当刑事のアダム・カラデック(ダニエル・サンジャタ)は、捜査ボードの書き込みを見て激怒した。オフィスの監視カメラからいたずらの犯人を割り出す。モルガンは捜査妨害の容疑で拘束された。
 
アダムと上司のセレナ・ソート(ジュディ・レイエス)がモルガンを詰問する。すると彼女は、被害者の妻は犯人ではなく第2の被害者で、殺されたか誘拐されていることをスラスラと証明してみせた。
アダムとセレナは顔を見合わせる。
 
実はモルガンはIQ160、HPI(“High Potential Intellectual”)と呼ばれるギフテッドで、高度な認知能力、知的創造力、映像記憶を持っている。だが会話が苦手なうえに、小さな問題であっても解決するまで自分を制御できなくなる。だから仕事も人間関係も長続きしない。
 
その事件は行き詰まり、セレナは突破口を求めてモルガンをコンサルタントとして起用する。彼女とペアを組まされたアダムはまたまた激怒するが、上司の命令は絶対だ。
 
こうして、ド素人の天才シングルマザーと有能だが堅物のベテラン刑事の凸凹コンビが誕生した!
 
“You see a cleaning lady, I see more” (Selena Soto)
モルガン役のケイトリン・オルソンは、FXの破壊的シットコム“It’s Always Sunny in Philadelphia”で、イケてるバーテンダーのディーを全16シーズン演じている(継続中)。オルソンは、明るくて傍若無人、派手な衣装でいつもミニスカートの天才美魔女役にピタリとハマった。
 
アダム・カラデック役のダニエル・サンジャタは、消防隊ドラマ“Rescue Me”でレギュラーを全7シーズン務め、また渾身の実話ミニシリーズ“The Bronx is Burning”ではヤンキースのスラッガー、レジー・ジャクソンを演じた。
サンジャタとオルソンとの間にはケミストリーが働き、観ていて楽しい。
 
重大犯罪課を率いるセレナ・ソート役のジュディ・レイエスは、メガヒット医療コメディ“Scrubs”で看護師長カーラを8シーズン演じた。本役は久しぶりの準主役級で、オルソンの才能を見抜くタフな上司を好演する。
 
また、バイカー・ギャングドラマ“Mayans M.C.”(本ブログ第61回参照)で主演したJ・D・パルドが、モルガンのボーイフレンドとなるLAPDの用務員トム役でいい味を出している。
 

「エンタメの達人」の会心作!
クリエーター(兼共同脚本)のドリュー・ゴダードは、メガヒットした“Buffy the Vampire Slayer”の脚本でキャリアをスタート。その後もJ・ガーナーをスターにした”Alias”、社会現象化した“Lost”、マーベル・ドラマの最高作“Daredevil”、ユニークな哲学コメディ“The Good Place”(本ブログ第44回参照)などを手がけた。また、マット・デイモン主演のSci-Fi映画『オデッセイ』(2015)の脚色でアカデミー賞にノミネート、『マトリックス・シリーズ』の次作では監督・脚本を務める。本作は、そんな「エンタメの鉄人」の最新作だ。
 
「主人公が警察/FBIを助ける天才」という設定のドラマは意外と多い。ユニークなキャラの天才たちが、オールドファッションの刑事や傲慢な連邦捜査官をやり込める爽快感は格別だ。“Psych”、“The Mentalist”、“White Collar”、“Numbers”、“Elsbeth”(本ブログ第44回参照)などが成功例だが、ハードルは結構高い。視聴者が主人公の天才ぶりにすぐに慣れてしまうので、何らかの差別化が必須となる。
 
本作を差別化するキーは、チャーミングなモルガンのキャラだ。彼女はその魅力を振りまいて視聴者を混乱させ、マシンガントークで直感的な推理や飛躍した論理を強引に納得させる。展開がスピーディなので、筆者のような凡人はこの技巧に翻弄され、多少論理が破綻していても気が付かないか、忘れてしまう。
 
モルガンとアダムとの微妙な関係も見どころのひとつ。直感型のアマチュア探偵と強面のベテラン刑事は、反発し合いながらも互いの欠点を補い、信頼関係を築き、成長し、最強のペアとなる。さらに、用務員トムが参戦して形成される三角関係も微笑ましい。
 
民放のプライムタイム(東部標準時で通常8:00PM~11:00PM)の番組らしく、1話完結で全13話。バックストーリーとして、モルガンの最初の夫ローマンが失踪した経緯が徐々に明かされる。
各エピソードには映画名をもじったタイトルが付き、終盤には気の利いたツイストが用意されている。シーズンフィナーレでは、ゲーム狂の犯人vs.モルガンの超絶な頭脳戦が展開する。
 
シーズン2の制作も決まった。“High Potential”は美魔女の天才シングルマザーがスカッと謎を解く、痛快なハイパー・ミステリーコメディなのだ!
 
原題:High Potential
配信:Disney+
配信開始日:2025年1月23日~4月10日
話数:13(1話 42-46分)
 
<今月のおまけ> 「これは必携、アメリカン・ドラマを楽しむためのお役立ち本!」④
●『地図で見る アメリカハンドブック<第3版>』
(C・モンテス&P・ネデレク著、原書房、2024)
地理学・都市学の専門家2人が、現代のアメリカ社会を図表中心のエビデンスベースで俯瞰する、信頼できる参考書!
 

写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。