明けの明星が輝く空に 第101回:円谷英二が作った『ゴジラ』の特撮シーン
【最近の私】
JVTA旧校舎の近くにある代々木八幡宮。実は先日、初めて(!)行ってみた。地形的には武蔵野台地の突端で、大昔は岬だったとか。『ブラタモリ』ファンとしては、俄然興味の湧く場所になりました。
前回、“特撮の神様”こと円谷英二氏を取り上げたこと(第100回 はこちら)で、改めて円谷氏の手がけた特撮映像をじっくり味わいたくなった。ただ、すべての作品を観直すわけにもいかない。そこで一つ選ぶとすれば、やはり『ゴジラ』(1954年)以外にはないだろう。
「特撮」という言葉から、怪獣が暴れるシーンを連想する人が多いだろうが、実際はそれだけに留まらない。例えば『ゴジラ』の冒頭、海上に浮かぶ貨物船の甲板で船員たちがくつろいでいるカットがあるが、これはスクリーン・プロセスという技法を駆使して撮られたもののようだ。スクリーン・プロセスとは、背景の映像をスクリーンに投影し、その前で演技する俳優を撮影するという一種の合成技術である。ちなみに、日本で初めてスクリーン・プロセスを使用したのは、円谷氏だと言われている。
主役のゴジラが初めて姿を現すのは、最初の上陸地点である“大戸島”(小笠原諸島にあるとみられる架空の島)でのシーンだ。異変を知らされた人々が山道を登ってと、山の稜線からヌッと顔を出す。ここでのゴジラは、いわゆる“着ぐるみ”ではなく、ギニョールと呼ばれるパペットタイプの人形が使われている。着ぐるみに比べて動きに制約が少ないことが、ギニョールを使う理由のようだが、このときのゴジラは空に向かって吠えたり人々を威嚇したりと、着ぐるみでは見られない“演技”を見せる。
大戸島では上半身しか見せなかったゴジラだが、東京へ上陸し、初めて全身像が明らかになる。こちらはギニョールではなく、着ぐるみだ。『キング・コング』(1933年)に強い影響を受けたという円谷氏だが、『キング・コング』のように人形を使ったストップモーション・アニメは使わなかった。これはスケジュール上の制約があったためで、時間のかかるコマ撮りでは、映画公開に間に合わなかったのだ。もし『ゴジラ』が人形アニメだったら…。『ゴジラ』だけでなく、日本の怪獣映画は全く別物になっていたに違いない。
特撮ならではのスペクタクルを感じさせてくれる場面の一つが、電気機関車が襲われるシーンだろう。まず、ミニチュアセットに組まれた線路と、それに近づくゴジラのカットがあり、その手前には逃げ惑う人々が映り込んでいる。ここで使われた合成技術は、スクリーン・プロセスではなく、複数のフィルムを光学的に合成するオプチカル合成と呼ばれるもののようだ。円谷氏は後年、世界に2台しかなかった高価なオプチカル・プリンターを導入しているが、『ゴジラ』撮影当時は自らが設計した手動式のオプチカル・プリンターを使用していたというから、そのマルチな才能には驚くしかない。
ゴジラが線路内に入ってくるカットは、運転士の目線からのアングルで、鉄橋越しにゴジラの脚だけを見せており、臨場感を出すことに成功している。そして、追突し脱線する列車と車内の様子。脚に衝撃を受け、驚いたように体をひねるゴジラ。横転した列車の窓から乗客たちが脱出した後、ゴジラは列車をくわえ上げ、地面に叩き付ける。この一連の流れも、緊迫感があって見事だ。
ゴジラはいったん海に帰るが、その後再び上陸。防衛ラインに設定された高圧送電線に対し、最大の武器である口からの“白熱光”を、初めて披露する。それは、ギニョールから実際に噴霧される白いガスで表現されているが、場面によっては着ぐるみの映像に、光るガス状の“絵”を合成している。これは光学作画と呼ばれる特撮技法だ。ゴジラの背ビレを光らせるのも、この手法が用いられている。劇中、この白熱光を浴びた鉄塔は白く光り、グニャリと曲がってしまうが、撮影現場に用意されたミニチュアの鉄塔はろうで作られていて、強い照明の熱によって溶けて崩れる仕組みとなっていた。
この鉄塔のエピソードからは、創意工夫と手作りの作業の面白さが感じられる。最近公開された映画『犬ヶ島』で、ストップモーション・アニメを採用したウェス・アンダーソン監督も、そんな面白さを理解している一人のようだ。監督は読売新聞のインタビューで、「CGではないからこそ、どんな素材を使えば、火や水がそれらしく見えるか工夫することが可能」で、「表現の可能性は無限大だ」と述べている。円谷作品で育った僕としては、「まさにその通り!」と拍手を贈りたくなるような言葉である。
※JVTA修了生、鈴木純一さんのコラム、『戦え!シネマッハ!!!!』でも
『犬ヶ島』のストップモーション・アニメの手法が解説されている。
https://www.jvta.net/co/cinemach-inugashima/
今回『ゴジラ』の特撮シーンを観察して、様々な特撮技術が駆使されていたことに、改めて驚かされた。そこからは、特撮に賭ける円谷英二氏とそのスタッフたちの、熱意とプロフェッショナリズムが感じられる。多くの人にとっては「たかが怪獣映画」かもしれないが、そんな作り手たちの仕事ぶりを知れば、「されど怪獣映画」と誰もが納得してくれるに違いない。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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