明けの明星が輝く空に 第110回:特撮俳優列伝17 冷泉公裕
【最近の私】実は去年の暮れに、舌の小さなデキモノを手術で切除した。病名は舌腫瘍。幸いなことに良性だった。堀ちえみさんのニュースが先だったら、不安でたまらなかったに違いない。彼女の一刻も早い回復を祈りたい。
たった1話だけのゲスト出演で、いまもウルトラファンの心に残る俳優がいる。残念なことに、ことし1月に亡くなった冷泉公裕(れいぜいきみひろ)さんだ。ネット上の訃報記事は、特撮作品出演について触れていない。でも、僕らにとって冷泉さんといえば、なんと言っても『ウルトラセブン』第45話、『円盤が来た』の登場人物、フクシン三郎なのである。
「冷泉」という名前は京都の公家を想起させるが、実は東京生まれの東京育ち。『円盤が来た』が放映された1968年当時、21歳だった冷泉さんは、どちらかといえば庶民的な雰囲気の青年だった。ご本人によれば、文学座の大先輩から「戦争中だったら、いじめられる顔」だと言われたそうだが、どこか気弱な印象を与える顔立ちをしていた。
そんな冷泉さんにとって、フクシン君は“はまり役”だった。町の工場で働く彼の楽しみといえば、夜空の星を眺めることだけ。毎夜、遅くまで望遠鏡を覗いているものだから、仕事中に居眠りをして怒られたりしている。ある晩、いつものように天体観測をしていると、円盤の集団を発見。慌ててウルトラ警備隊に通報する。しかし、円盤襲来を裏付ける事実は確認されなかった。後日、再び円盤を発見し、今度は撮影したフィルムを送るが、そこに写っていたのは星ばかり。「自分は、へまばっかりやっている」と落ち込む彼の前に、侵略目的でやって来た宇宙人が現れた。そして、かねてから「人間なんて嫌いだ。星の世界に行ってみたい」と思っていたフクシン君の望み通り、宇宙へ連れて行ってあげようと語りかける。しかし、円盤襲来が事実だったことに気づいたウルトラ警備隊、そしてウルトラセブンの活躍で円盤群は一掃され、フクシン君には変わりばえのない日常が戻ってくる。
冷泉さんはこの作品で、いかにも冴えないフクシン青年を見事に演じていた。失敗して落ち込んだりしたときの表情も味わいがあっていいが、楽しそうに星空を眺めたり、円盤を見つけて慌てふためく様子にも、フクシン君の“イケてなさ”がよく出ている。冷泉さんはそれまで、ドラマの出演経験が1本しかない無名の新人だったので、「もしかしたらフクシン君は演技ではなく、素のままの自分だったのでは?」などと考えたりしてしまうが、台詞回しや間の取り方を見れば、冷泉さんが大根役者でなかったことは明らかだ。誰もが持っているフクシン君的な部分を取り出し、それを増幅・強調して演じたとみるべきだろう。
『円盤が来た』は、一風変わった作風で知られる実相寺昭雄監督による作品で、シュールな映像が秀逸な、いわば“奇作”、“怪作”だ。そんな作品にあってもフクシン君というキャラクターは埋没することなく、ファンの心に刻まれた。それをよく示すエピソードがある。冷泉さんが40代のころ、旅先で立ち寄った銭湯でのことだ。高校生ぐらいの男の子に「フクシン君ですね」と握手を求められたというのだ。『ウルトラセブン』の最初の放映からは、すでに20年もたった頃の話である。それと似たような経験は何度もあったそうで、ご本人は「すごい番組に出たものだ」と思ったというが、ほかの役者だったらそうなっていたかどうか。やはり、冷泉さんの味わい深い演技があったからこそなのだと思う。
ただ、ファンの思いとは裏腹に、ご本人はこんな心情も吐露している。2013年に出演したインターネットテレビのトーク番組でのことだ。「自分が死んだときに『ウルトラセブン』が代表作と書かれたら、ちょっと寂しい」と、苦笑いしながら語っていた。フクシン君以降、半世紀近くキャリアを積んでこられたのだから、俳優としては率直な気持ちだろう。
ただ実際の訃報記事は、冒頭で触れたように『円盤が来た』出演について触れておらず、ウルトラファンとしては一抹の寂しさを禁じ得ない。『ウルトラセブン』のヒロイン、アンヌ隊員を演じたひし美ゆり子(当時は菱見百合子)さんも思いは同じようで、訃報記事に「彼の一番の代表作だった『円盤が来た』のフクシン三郎役が出ていないのはちょっと満たされない複雑な気持ちだった」と、ご自身のブログでファンの気持ちを代弁してくれている。星の世界に旅立たれた冷泉さんに、そんな僕らの思いが届いてほしいと、切に願わずにはいられない。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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