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明けの明星が輝く空に 第119回:特撮俳優列伝24 左卜全

明けの明星が輝く空に 第119回:特撮俳優列伝24 左卜全

【最近の私】『知的トレーニングの技術』(ちくま学芸文庫)という本を読んだ。「書くことによって思考に形を与える」、「言葉の力で思想が引き出される」など、日頃ブログを書いていて感じていたことだったが、ほかにも大いに参考になる内容が詰まっていた。

 
子供の頃、お腹を抱えて笑い転げた歌がある。タイトルは『老人と子供のポルカ』(1970年)。冴えない風体のお爺さんが「ズビズバァー」と妙にもっさりした調子で唄い出すと、子どもたちが「パパパヤー」ときれいなコーラスで続く、シュールな曲だった。

 
そのお爺さんこそ、今回紹介する左卜全さんである。帝劇歌劇部出身という経歴がウソに思えるほど、リズム感のない唄いっぷりだったが、俳優としては黒澤明監督に重用され、『七人の侍』(1954年)など7作品に出演。自他共に代表作と認める『どん底』(1957年)では、三船敏郎、山田五十鈴、中村鴈治郎など、そうそうたる役者たちに負けない存在感を見せつけている。

 
卜全さんに関して興味深いのは、その破天荒な生き様だ。1949年、55歳で銀幕デビューしたが、それ以前から左脚に重い障害があった。病名は、突発性脱疽。医師から切断を勧められたが、役者以外に天職はないと、激痛を抱えながら生きていくことを決意する。そんな卜全さんは自身の演技について、「ぶっ倒れそうになりながら絞り出たもの」と語っており、己に対する厳しさが垣間見える。さらには、「芸の世界に入って以来、毎日が死以上の苦しみだった」という言葉を残しているが、仕事に対してこれ以上壮絶な取り組み方があるだろうか。

 
撮影時以外は松葉杖をついていた卜全さんに、「体が不自由なふりをしている」と、あらぬ疑いをかける者もいたそうだ。ところが、ご本人はそんな声を受け入れるどころか、歓迎すらしたそうだ。役者が病気であることを知られ、同情されたら終わりだ、という思いからだった。バスに乗り遅れそうになった時、俳優仲間の土屋嘉男さん(当ブログ『特撮俳優列伝8 土屋嘉男』)が追いつけないほど早く走ったというエピソードもあるが、脚の障害を少しでも感じさせないために無理をしたのかもしれない。

 
特撮作品では、前回の記事で取り上げた八千草薫さん(『特撮俳優列伝23 八千草薫』)と、『ガス人間第一号』(1960年)で共演している。卜全さんの役どころは、八千草さん演じる藤千代(日本舞踊の家元)を支える老鼓師。自分のことを「爺や」と呼ぶ彼女を見守る眼差しは常に温かく、「慈愛」に溢れた老人だ。卜全さんの顔の最大の特徴は“八の字”眉だが、この老鼓師が気弱そうな表情を浮かべると、なんとも言えない哀愁が漂う。例えば、警察が藤千代の住居兼稽古場に押し入ってきた場面。部屋の中を物色されても制止できず、ただ心配そうに立ち尽くしている姿を見ると、藤千代よりもこの爺やの方が気の毒になってしまう。後年、八千草さんは卜全さんについて、普段から老鼓師と同じようなしゃべり方だったと明かした後、「ご一緒できて、すごくうれしかった」と語っている。そんなふうに言ってもらえる卜全さんは、きっと話し方だけでなく人柄においても、この老鼓師に近い一面があったのではないだろうか。

 
黒澤映画の『どん底』で演じたお遍路は、超然として物事に動じない強さを持った老人だった。その点、『ガス人間第一号』での老鼓師は対照的だ。ただ、そのキャラクターは、作品世界を形作る上で重要な役割を果たしている気がする。というのも、常に凜とした佇まいを崩さない藤千代の気高さと強さを、彼の存在が際立たせているからだ。あの藤千代の(外見だけではない)美しさは、八千草さんと卜全さんの共同作業で生まれた、と言えるのではないだろうか。

 
物語の終盤、老鼓師が涙をこらえ、うつむく場面がある。念願の発表会をやり遂げた藤千代が、恋人の水野(土屋嘉男)と抱き合う場面だ。終始毅然とした態度を貫いてきた彼女が初めて見せた、恋する女としての行動。老鼓師は、ずっと藤千代の幸せを願っていたに違いない。水野の胸に飛び込む藤千代の姿に、涙が溢れそうになったのだろう。実を言うと、この場面には、僕も泣きそうになった。ただし、恋人たちの姿に感動したからではない。うつむいてしまった老鼓師を見て、彼もうれしいんだなと思うと、なんだかこみ上げてきてしまったのだ。

 
代表作という『どん底』で演じたお遍路は出番が多く、役としての重要度も高い。だけど、『ガス人間第一号』の老鼓師も、卜全さんの代表的な役だと言っていいんじゃないかと思う。それぐらい、映画の中の卜全さんはいい味わいだし、胸を打つものがあって僕は大好きだ。子供の頃は卜全さんのことを、「おかしな歌い方の、冴えないお爺さん」としか思っていなかった。卜全さん、笑ったりしてゴメンナサイ。

 
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る

 
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