明けの明星が輝く空に 第136回:ウルトラ名作探訪7:「燃えろ栄光」
『ウルトラQ』の第26話「燃えろ栄光」はプロボクサー、ダイナマイト・ジョーの、逃避と再生の物語である。彼は、ピーターと名付けたペット(温度によって体長が変化する架空の深海生物)の“予言”通り、連戦連勝。子どもたちの間で大人気だった。しかし、世界タイトルマッチを前にして失踪してしまう。次はKO負けだぞと、ピーターに予言されていたのだ。
ピーターに予知能力があるのか、実は疑わしい。ジョー本人が、「(ピーターが)しゃべったわけじゃないが、そんな顔をしたんだ」と言っている。おそらく万城目(『ウルトラQ』の主人公のひとり)が言うように、一種の自己暗示なのだろう。だとすれば、ピーターに神秘性と言えるようなものはなく、物語を推し進める存在にはなりえない。
『ウルトラQ』は、当初の企画段階では『UNBALANCE』というタイトルで、そのころの企画書には「荒唐無稽な非科学性が幅を利かす」世界を描き、「日常性への警告のドラマにしたい」とあった。それに従えば、予知能力を持ったピーターに振り回された男が、人生を狂わせ破滅へと向かう、といったストーリーにすることも考えられただろう。なぜそうならなかったのか理由は分からないが、一つだけ言えることがある。非科学性を物語の軸に据えなかった分、「燃えろ栄光」は見応えのある人間ドラマになったということだ。以下、ジョーの物語を追ってみよう。
ジョーは失踪後、あるリゾートホテルで道化役者としてショーに出演していた。偶然そこに万城目と由利子、一平、いつもの3人組が遊びに来る。万城目は、ピエロのメークをして舞台に立つ男がジョーであると気付いた。失踪の理由を尋ねる万城目に、なかなか本当のことを言わないジョーだったが、ついに語り始めた。あるときから彼の視力は、急に悪化してしまったというのだ。そんな状態で戦って無様に負けたら、応援してくれる子どもたちを悲しませることになってしまう。それがジョーには耐えられなかった。
後日、万城目たちが再びホテルに行くと、ピーターがどこかにいなくなり、寂しげにたたずむジョーの姿があった。そのうち天気が荒れ始め、落雷によって火災が発生する。すると、巨大化したピーターが姿を現した。海に帰してやろうと誘導するジョー。しかし炎の勢いが急に激しくなり、ジョーもピーターも姿が見えなくなってしまう。
はたしてジョーは死んでしまったのか。直後のラストシーン。道端に倒れている世界タイトルマッチの看板を起こす男の姿があった。ジョーだ。真剣な眼差しで看板を見つめていたが、何か納得したように微笑みながら肩の力を抜き、おもむろに振り返る。彼の視線の先で、笑顔の万城目たちが見守っていた。そちらへ向かって片手を挙げたジョーは、反対方向へと力強く歩き出す。その表情に、迷いの色はなかった。
おそらく、ジョーは再びリングに上がる決心をしたのだろう。ただし、いかにも「やってやるぜ」といった闘志むき出しの雰囲気は感じられない。どこか諦観した清々しさすら感じるようなエンディングで、「ジョーはボクシングを諦めたが、人生からは逃げず、前向きに生きていこうと決意した」という解釈も成立しそうな気がしてしまう。
そう感じるのは、バックに流れる口笛のメロディーのせいかもしれない。明るいが、気持ちが浮き立つといったほどではなく、ほんの少しだけ寂しさを漂わせる。どちらかと言えば、ひとり草むらに寝転び、流れる雲を見上げる、そんなシチュエーションが似合いそうなBGMだ。
また、ジョーも万城目たちも、この場面ではひと言もしゃべらない。つまり、ジョーの下した結論について、明確な説明がされないのだ。火事のシーンからストーリーの飛躍もあり、ジョーの気持ちがどう変化したか推し量る材料も乏しい。さらに、ジョーが画面の奥に向かって去って行く並木道は、その先に何もなく、彼がどこに向かうか分からない。そこに不透明さを残し、観る者に解釈の余地を残した演出なのだろうか。ある意味スッキリとしない終幕だが、それは決して悪い意味ではない。明快ではないからこそ、心に引っかかって残り続ける。そしてその余韻は、どこか心地いい。
ところで、音楽をバックに無言で並木道を歩いて行くといえば、多くの人が『第三の男』のラストシーンを思い出すに違いない。登場人物の置かれた状況も、歩く方向も異なるが、オマージュとみてまず間違いないのだろう。「燃えろ栄光」を撮った満田かずほ監督は、制作順でいえばこれが監督デビュー作だ。凝った技法を駆使して場面をつなぐなど、新人らしいチャレンジ精神が見て取れる。その満田監督が、名作との呼び声も高い『ウルトラセブン』最終話を撮ったのは、このわずか2年後のことである。
「燃えろ栄光」(『ウルトラQ』26話)
監督:満田かずほ、脚本:千束北男、特殊技術:的場徹
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】僕は、スポーツ選手が使う「勇気を与えたい」という言葉が好きではない。”上から目線”に感じるのだ。ところが先日、バレーボールの古賀紗理那選手が「勇気を持ってもらえたら」という言い方をしていた。中田久美監督も、同じように控えめな言い方だった。なんだか、ますます応援したくなった。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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