明けの明星が輝く空に 第137回:特撮俳優列伝26 工藤堅太郎
工藤堅太郎さんは、なんとも男くさい役が似合う役者である。だから前回紹介した『ウルトラQ』26話「燃えろ栄光」(https://www.jvta.net/co/akenomyojo136/)でのボクサー役は、工藤さんにはうってつけだった。秀逸なのは、工藤さん演じるボクサー(ダイナマイト・ジョー)に、主人公の万城目がボディブローをたたき込んだ場面だ。自信をなくしていたジョーを勇気づけるための行動で、強靱な体は少しも衰えてはいないと言う万城目に対し、闘争心を失ってしまったジョーは「だが、おまえさんのアゴの骨も無事だったろう」と返す。こんなケレンミたっぷりのシーンでも嫌みなく演じられるのが、工藤さんの魅力だ。
骨っぽさを感じさせるのは演技だけではない。すでに新人時代、TBSドラマ『夕日と拳銃』で主役を演じていた工藤さんが、忙しい中でも特撮作品に出演したのは「男と男の約束」があったからだ。約束の相手は、「燃えろ栄光」が監督デビュー作だった満田かずほ監督。彼がまだADだったころ、ある撮影現場で2人は知り合い、「けんちゃん」、「みっちゃん」と呼び合う仲になった。そして工藤さんは、いつか満田氏が監督になったとき、その最初の作品に出演する約束をしていたのだ。
新人のころからアクションが好きだった工藤さんは、「燃えろ栄光」の撮影でも体を張った。練習を積んで臨んだボクシングの試合の場面では、撮影中、現役のプロボクサーのカウンターパンチでダウンしてしまったそうだ。その後レギュラー出演した特撮ドラマ『ミラーマン』(1971年~1972年)では自ら進んで格闘シーンを演じ、それを見ていたスタッフが、工藤さんのアクションシーンを増やすよう脚本家に提案してれくれた、というエピソードもある。
ただし、工藤さんの役者としての魅力は、そういった一面だけに留まらない。「燃えろ栄光」で言えば、自信を喪失した男の弱々しさも、まるで全身からしみ出るように表現していた。連戦連勝で得意満面、いい意味で粋がっていたころのジョーとは、まるで別人のようだ。敵前逃亡していたときのジョーは、道化役者として身を隠していたためピエロのメイクをしているのだが、それでも思い詰めたような心情が十分読み取れる。
「燃えろ栄光」でもっとも印象深いのが、ラストシーンでのジョーだ。倒れていた自分のタイトルマッチの看板を立て直した際、唇を引き結び、まっすぐ真摯な目で看板を見つめる。試合から逃げていた気弱な男の姿は、そこにはなかった。何かを決意した目だが、気負いは感じさせない。落ち着いた静かな表情だ。そして次の瞬間、息をふっと吐き、軽く笑みを浮かべる。ある種の清々しさを感じさせるが、どんな思いが胸に去来したのだろう。台詞はひと言もなく、ジョーの胸の内は不明だ。しかし、それでも何かしら伝わってくるものがある。さりげない演技だが、下手な役者がやるとクサイ芝居になりがちだ。工藤さんの名演技と言うべきだろう。
一方、『ミラーマン』で工藤さんが演じたのは、侵略者と戦う組織S.G.Mのサブリーダー的存在で、慎重にして大胆な印象の藤本武だ。ニヒルな笑い。スキのない表情。そしてポケットに手を突っ込み、はすに構えた姿勢など、少しキザな役柄が工藤さんにはよく似合う。画面の中の藤本だけを目で追っていると分かるのだが、工藤さんは台詞のないところでも、そういったキャラクターの色を出そうと、表情やちょっとした動作にも気を配って工夫していたようだ。
そんな工藤さんの『ミラーマン』における最大の見せ場が、35話「S.G.M特攻作戦」でやってくる。その前編にあたる34話「S.G.M対ミラーマンの決斗」で、藤本は敵の策略にはまり、ミラーマンに重傷を負わせてしまっていた。そしてミラーマンが死んだと聞かされた35話、彼は自責の念から決死の攻撃を仕掛ける。このときの藤本の表情には鬼気迫るものがあった。実は彼自身、すでに怪獣との戦闘で重傷を負っていたのだが、そんな体で戦闘機に乗り込み、無謀な攻撃に打って出る。そして怪獣の反撃にあって搭乗機が火を吹くと、仲間たちに別れを告げる。そのまま怪獣めがけて突っ込もうとしたのだ。覚悟を決め、まなじりを決して前を見据える藤本の目は、悲壮な思いを窺わせると同時に、狂気に似た光も宿しているようだった。
当時、大人の視聴者も納得できる芝居をしようと心がけていた工藤さん。35話での藤本武には、プロの演技者としての矜持が見て取れる。現在は俳優業の他にスナックの経営もしており、店のカラオケでお客さんが『ミラーマン』の主題歌を歌ってくれることもあるそうだ。藤本武は、工藤さんが少年時代に憧れた鞍馬天狗やロビン・フッドのような主人公ではなかったが、テレビの前の子どもたちの心にも訴えかける何かを残した。その証なのだろう。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】エヴァンゲリオンシリーズのアスカほど苛烈な生き方を選んだヒロインは、これまでいただろうか。彼女は誰よりも孤独で、勇敢で、哀しい。物語は終わっても、ファンの誰もが彼女の幸せを祈っている。僕もそのひとりだ。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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