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明けの明星が輝く空に 第139回:ウルトラ名作探訪8 :「クモ男爵」

明けの明星が輝く空に 第139回:ウルトラ名作探訪8 :「クモ男爵」

霧に包まれた夜の灯台、辺りに響く霧笛・・・。冒頭からロマンティシズム溢れる映像で観る者を魅了する「クモ男爵」は、『ウルトラQ』でも異彩を放つゴシックホラーだ。
 

主な登場人物は主役の3人組(万城目淳、江戸川由利子、戸川一平)と、その友人たちの計6人。パーティーの帰り道、2台の車に分乗した彼らは、霧の中、人里離れた場所に迷い込む。辺りの様子を見に行った一平と、友人の竹原が底なし沼にはまり、万城目たちに救出されたが体が冷え切っている。民家を探すと灯りが見えた。そこにあったのは古い洋館。ところが、灯りが点いていたはずなのに人気が無い。幽霊屋敷のような内部は、あちこちクモの巣だらけだった。「まるでクモ男爵の舘だ。」万城目が言う。彼によれば90年ほど前、多くのクモを収集し、クモ男爵と呼ばれる人物がいた。あるとき、彼の飼っていた毒グモが原因で、ひとり娘が命を落としてしまう。男爵はショックで狂人となるが、死んだ娘が毒グモとなって蘇り、男爵とひっそり暮らしたという。
 

『ウルトラQ』は「家庭向け」のため、いたずらに恐怖をあおり立てるような場面はない。その点、大人には物足りないかもしれないが、視点を変えれば楽しめる要素は十分にある。まず注目すべきなのが、見事な洋館内部(エントランスホール)のセットだ。戸川一平を演じた西條康彦さんによれば、それは「劇場映画並み」で、画面からもそのスケールの大きさが伝わってくる。正面奥には両階段(踊り場で左右に分かれた階段)、さらに屋内バルコニーまで作られており、30分のテレビ番組、それもたった1話のためによくぞこれだけのものを、と感嘆せずにはいられない。
 

空間が広ければ、多くのカメラアングルが試せる。さらに、カメラを横に振る、いわゆるパンの制約も少なく、カメラ自体を移動させながら撮影もできる。要するに、さまざまな画作りが可能なわけで、監督やカメラマンにとっては腕の見せどころだろう。万城目がクモ男爵の話を始める場面は、パンをしながら移動撮影が行われており、背景や人物が通常とは異なった動き方をする。少々オーバーに言えば、目が回るような感覚に襲われるのだが、観る者に不安を抱かせる効果を生んでいる。
 

複数の登場人物をひとつの画面に納めたカット、それも横並びではなく、縦に人物を配置した構図が多用されているのも、「クモ男爵」の特徴だろう。セットの奥にいる人物は小さく映るので、彼らのリアクションを見せながらも、手前にいる人物の邪魔にはなっていない。中でも構図として面白いのが、高低差を生かしたカットだ。由利子が階段を途中まで上り2階の様子を窺う場面。カメラは彼女を2階側から映し、その後ろに1階の暖炉の前にいる他の登場人物たちも捉えている。このあと、彼女は階段を下りて暖炉まで戻るのだが、この動きによって、平面である画面の中に立体的な空間の広がりが感じられるようになっている。撮影テクニックとして、なかなか興味深い。
 

「クモ男爵」は、クライマックスへの盛り上げ方も巧みだ。暖炉の前、一平が館内にあったオカリナを吹き始める。なぜか寂しげで、少し気味の悪いメロディ。やめろと言われ、口から離すのだが、音は鳴り止まない。怖くなって暖炉に投げ入れると、他の部屋から悲鳴が聞こえてきた。仲間のひとりが大グモに襲われたのだ。万城目たちが急いで向かい、あとには竹原がひとり残される。彼は沼に落ちたせいで、高熱が出て動けない状態だった。するとそこへ、天井からもう1匹の大グモが音もなく下りてくる・・・。
 

このあと全員脱出に成功した彼らが振り返ると、館は壁が崩れ始めていた。やがて炎に包まれ、それが建っていた土地ごと沼の中へと消えていく。まるで6人が経験したことが幻だったかのように。この結末は、エドガー・アラン・ポー原作の映画『アッシャー家の末裔』を思わせるとの指摘があるが、それを下敷きにしたことはまず間違いないだろう。というのも、登場人物のひとりが、ポーの詩を詠じる場面があるからだ。残念なのは詩の内容が明確に何かを暗示しているわけではなく、暗唱しただけで終わってしまったことだ。そもそも、日夏耿之介によるとされる訳語も、「みそらは薄墨色に落居て 木葉(もくよう)しじれ凋(しぼ)みつ」というように、門外漢には至って難解。一度聞いただけでは理解できず、心に残らないまま物語が進んでいってしまう。
 

最後は、沈みゆく館の映像に、石坂浩二さん(同コラムアーカイブ記事https://www.jvta.net/co/akenomyojo128/)のエンディングナレーションが重なる。
 

「悪魔の使いとして怖れられている夜のクモにも、人間が変身したという悲しい物語があります。(中略)あなたの庭先で夜のクモに出会っても、どうぞ、そっとしておいて下さい。」
 

この一節が加わったことで、「クモ男爵」は単純な怪奇物語ではなくなった。そこには、ウルトラ作品に通底する、異形の者たちに向けられた優しさがある。
 

「クモ男爵」(『ウルトラQ』9話)
監督:円谷一、脚本:金城哲夫、特殊技術:小泉一
 
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】卓球混合ダブルスを見ているときは、これ以上ハラハラ、ドキドキする競技はないと思った。でも、メダルがかかった柔道の延長戦や体操の鉄棒での離れ技も、相当なハラハラ、ドキドキだ。やはりスポーツはいい。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
 
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