明けの明星が輝く空に 第153回:ウルトラ名作探訪14「バラージの青い石」
『ウルトラマン』第7話「バラージの青い石」で特筆すべきは、なんと言っても“ノアの神”という概念を持ち込んだことだろう。それは、ウルトラマンが5000年前にも地球に来ていたことを意味するものだった。
今作の舞台は中近東の砂漠地帯。地図上にはない忘れ去られた町、バラージ近郊に隕石が落下したことから物語は始まる。調査隊が次々に行方不明となり、科学特捜隊のパリ本部から日本支部に出動要請が出された。科特隊専用機、ビートルで現場付近にさしかかると、突如前方に巨大な光の壁が現れ、引き寄せられていく。どうやら磁力光線らしい。なんとか危機を逃れ不時着したものの、今度は怪獣(アントラー)が出現。大きな角の間から虹色の光を発した。先ほどと同じ磁力光線だ。科特隊が携帯していた武器も吸い寄せられ、彼らは退却を余儀なくされる。
砂漠をさすらう科特隊。やがて町が見えてきた。バラージだ。そこで、高貴な身なりの女性、チャータムと出会う。彼女によれば、町はノアの神がもたらした青い石の力でアントラーから守られているという。チャータムの招きで神殿らしき建物内に入った科特隊一行は、安置されていたノアの神の石像に衝撃を受ける。その姿は、なんとウルトラマンそっくりだった。チャータムが言う。ノアの神は5000年前にその地に現れ、アントラーから町を守ってくれたのだ、と。
この場面を観れば誰でも、「ウルトラマンって宇宙人じゃなくて神なの?」と少なからず困惑するだろう。そんな視聴者の混乱する思考を助けるかのように、科特隊のアラシ隊員が石像を見上げて言う。「5000年の昔、ウルトラマンの先祖は地球に現れ、その時もやはり人類の平和のために戦っていたのか。」この台詞から読み取れるのは、ウルトラマン=神ではない、ということだ。昔の人々が異能の力を持つ銀色の巨人を神格化したもので、言ってみれば、東照宮に祀られる徳川家康や乃木神社に祀られる乃木希典と、大きな差はない。
少し本題を外れるが、このシーンでの主人公ハヤタ(ウルトラマン)の表情が印象的だ。尺にしてわずか2秒ほどのカットだが、普段ウルトラマンであることをほとんど感じさせない彼が、このときは様子が違っていた。他の隊員たちが5000年前にウルトラマンが地球に来ていたことを知って驚く中、ひとり緊張感のある真剣な眼差しで石像を注視している。他の隊員たちとのリアクションの違いは、ノアの神に対する受け止め方の違いを示唆している。それは、彼の表情だけ別のカットで見せていることからも明らかだ。そしてなぜ違うのかと言えば、それは彼がウルトラマンだから、と考えるのが自然だろう。
問題はその心情がどんなものかということだが、読み取るのは難しい。もしハヤタに、同族の地球来訪に関する予備知識があれば、「ああ、あの話か」といった余裕が態度に現れてもおかしくない。またこのとき、アラシの言葉を聞きながら軽くうなずくが、それなら石像から視線を外しアラシの方を見てうなずくのではないだろうか。しかし、ハヤタはふいに見せられた同族の石像に魅入られたかのように、石像を見つめたままだった。あるいは、事態を飲み込もうと努めていたのか。どちらにしても、彼はノアの神として祀られた同族の存在を、この時初めて知ったのではないだろうか。そんな印象を受ける表情だった。
本題に戻ろう。“ノアの神”は、南川竜(龍)名義で本作品の脚本を書いた野長瀬三摩地監督のアイデアだったそうだ。これに対し、『ウルトラマン』のメインライターを務め、「バラージの青い石」の共同執筆者として名を連ねる金城哲夫氏は、ウルトラマンを神様と見立てる案に難色を示したという。とすれば、上記のアラシ隊員の台詞は、金城氏の意向が反映されたものと考えられるだろう。それはともかくとして、“5000年前に異国の地に現れたノアの神”を軸にしたことで、『ウルトラマン』という作品に時間的な広がりと神話のロマンが加わった。そういった点において、野長瀬監督のアイデアは秀逸だったように思う。
また、『「ウルトラマン」の飛翔』(双葉社)など、ウルトラシリーズの研究書を数多く執筆している白石雅彦氏は、“ノアの神”により漠然としていたヒーローの設定に一本の筋が通り、『ウルトラマン』の世界観が著しい進化を遂げたと評している。つまり、ウルトラマンが「宇宙の平和を守る組織の一員」であると考えれば、なぜ地球に来て人間を助けてくれるのか、という問いに対する答が見えてくるというのだ。
しかし残念なことに、ウルトラマンの仲間が以前から地球にやって来ていた(らしい)という設定は、ほかの作品に生かされることはなかった。当然ながら、ノアの神も登場しない。まるで“なかったこと”のようになってしまっているのだ。チャータムはバラージについて、旅人が通りかかっても蜃気楼だと思うだろうと語っていたが、ノアの神というアイデア自体が、『ウルトラマン』という作品における蜃気楼だったという言い方もできそうだ。
「バラージの青い石」(『ウルトラマン』第7話)
監督:野長瀬三摩地、脚本:南川竜(龍)、金城哲夫、特殊技術:高野宏一
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】燃える闘魂と謳われたアントニオ猪木さんが亡くなった。ボクサーや空手家と戦った異種格闘技戦の盛り上がりは凄かった。引退試合後の、去り際の笑顔も忘れられない。ご冥福をお祈りします。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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