明けの明星が輝く空に 第172回:ウルトラ名作探訪19「真珠貝防衛指令」
実相寺昭雄監督という人は、意地が悪い。というのも、「真珠貝防衛指令」に登場する怪獣ガマクジラは、女性を戯画化したものだからだ。もちろん、これは僕の個人的な見解なのだが、自らの作品を“変化球”と称していた実相寺監督のことだ。あながち的外れではない気もする。
『ウルトラマン』には、電気やウラン、石油など、普通では考えられないものを食料にする怪獣たちが登場するが、その中でもガマクジラは変わっている。なにせ、好物は真珠なのだ。「真珠貝防衛指令」の冒頭、科学特捜隊唯一の女性隊員、フジアキコ隊員が、休暇で銀座の宝石店を訪れる。彼女はそこで、養殖真珠が壊滅的打撃を受けたため値段が高騰していると聞かされ、急きょ科特対本部に帰って調べることに。その時、お供として連れていたイデ隊員に向かい、強い口調で「本部に帰ってただちに調査してやる」と言うのだが、普段の彼女ならそんな乱暴な言い方はしない。「やる」という口調に、穏やかならぬ彼女の心の内が透けて見える。
そして本部にガマクジラ出現の一報が入り、これから出動という場面。隣にいたアラシ隊員に目が血走っていると指摘されたフジ隊員は、まっすぐ前を向いたまま何かを見据えるような表情で、「女の執念よ」と返す。この時、カメラはやや斜めから見た彼女の横顔を、額と顎がフレームに収まらないほどのアップで捉える。わずかに見える背景は、明るい部屋なのになぜか暗い。否応にも、彼女の表情が浮き上がり、画面は異様な雰囲気を醸し出す。
その直後、カットが変わると、今度は画面右を向いたガマクジラがアップで映し出される。左向きだったフジ隊員のカットとは、相対する形だ。演出意図は明らかだろう。真珠を食べる怪獣と、真珠をこよなく愛する女性が、対立する構図で描かれているのだ。しかし、この後のシークエンスでは、対立ではなく類似の関係性が暗示される。
それは、科学特捜隊がガマクジラと一戦交えた後の場面だった。ガマクジラの攻撃で科特隊の搭乗機が故障。海岸に不時着し、そのまま夜を迎える。ガマクジラも夜はおとなしくしているため、休戦状態で焚火を囲んでいると、奇妙な音が聞こえてきた。いぶかる隊員たち。フジ隊員がハッとして、顔を上げる。どうやら、ガマクジラが胃の中で真珠を消化している音らしい。彼女は、「やめて!」と言いながら走り出す。そして、地面に両手をつき、「人間から真珠の光を取らないで!」と懇願するように叫ぶ。このときのフジ隊員の顔は右向き。腹が膨れ満足げなガマクジラと同じ方向だ。先ほど触れたカットつながりが両者の対立を表しているなら、これはその逆だろう。つまり、真珠に対する執着という点で、フジ隊員はガマクジラと同類なのだ。
この場面が注目に値するのは、それだけではない。怪獣に頭なんか下げるなと冷静だったイデ隊員に対し、フジ隊員は闇の中、焚火の炎越しに乱れた髪のまま振り向き、「男なんかには分からないわ、この気持ち!」と言い放つ。さらに彼女はガマクジラのいる方向を見据え、徐々に目に異様な光を宿す。このアップのカットだけで、実に10秒以上。それも無言のままだ。
番組のメインターゲットである子供たちはともかく、大人の男性がこの場面を観たら、十人中九人は「女ってコワイ!」という言葉が思わず口をついて出るだろう。(僕自身、そう思ってしまったことを白状しなければならない。)実相寺監督は、男から見た女の怖さを、怪獣と重ね合わせて描いているのだ。さらに、執着の対象が真珠である点にも、男目線の意地の悪さが垣間見える。男性的価値基準からすれば、“たかが真珠”である。フジ隊員の取り乱し方は理解しがたい。それと同時に、滑稽ですらある。彼女の姿に困惑しつつも、半ば呆れたような表情を見せる男性隊員たちのリアクションに、それが端的に表現されていた。
さらに、フジ隊員=怪獣という図式は、ラストシーンでこれ以上ないほど明確に示された。再び銀座の宝石店を訪れ、真珠の指輪やネックレス、さらにイヤリングもつけてウットリしているフジ隊員。そのカットにかぶせられるイデ隊員のセリフが、「そんなにたくさん真珠をつけちゃって、まるで自分の方がガマクジラみたい」なのである。実相寺監督は、ソフトフォーカスでフジ隊員を美しく撮ってはいるが、それは男目線の悪意をカモフラージュするためだったのだろうか。
しかし、実相寺監督に意地が悪いところがあるとすれば、それは女性に対してというより、世の中の全てのものに対してかもしれない。第15話でウルトラマンをヒーローの座から引きずり下ろしたことについては、すでに以前の記事(https://www.jvta.net/co/akenomyojo166/)で触れた。今回の「真珠貝防衛指令」では、最後に男も滑稽な存在として描かれている。銀座を闊歩するフジ隊員の後ろで、荷物持ちをさせられているイデ隊員だ。彼女を怪獣呼ばわりした罰なのか、多くの箱を抱えさせられている。一番上の箱が落ちそうになり、ひょっとこのような表情で四苦八苦する姿は滑稽以外のなにものでもない。フジ隊員は素知らぬ顔で、さっさと歩き続ける。しょせん男なんて女には勝てないのよ、とでも言うように。実相寺監督は贖罪の意味を込め、イデ隊員の姿に自分を重ね合わせて描いた…。そんな解釈は、さすがに都合良すぎるだろう。それはともかくとして、ひとつ言えることは、実相寺監督の前では、男も女も(そしてウルトラマンさえも)、カッコつけることは許されないのである。
「真珠貝防衛指令」(『ウルトラマン』第14話)
監督:実相寺昭雄、脚本:佐々木守、特殊技術:高野宏一
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】スピルバーグ監督の『ジョーズ』を久々に観ました。演出のうまさはさすがの一言。僕が好きなのは、釣糸に反応があった場面。緊張感がたまりません。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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