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明けの明星が輝く空に 第179回:夢幻のヒロインたち5:関口麻実(まみ)

明けの明星が輝く空に 第179回:夢幻のヒロインたち5:関口麻実(まみ)

登場作品:映画『マタンゴ』(1963年)

キャラクター設定:性的な魅力で男を惑わすクラブ歌手

キャスト:水野久美(『特撮俳優列伝9』 https://www.jvta.net/co/akenomyojo98/

雨が打ちつける難破船の甲板。そこに、仲間たちに追放されたはずの麻実が現れる。「妖艶」や「妖美」だけでなく、「妖気」という言葉すら似合うその姿を、カメラはアップで捉える。すると彼女は、怪しげな微笑みを浮かべるのであった。

これは、カルトムービー的な味わいが楽しい、『マタンゴ』の一場面である。このときの麻美は、背筋がゾクっとするほど美しく恐ろしい。しかし、実を言うと、僕の中でイメージが一人歩きしてしまっていた。改めて映像を確認すると、麻美はアップにはならないし、意味ありげに笑うこともなかったのだ。記憶なんていい加減なものだな、と苦笑した次第だが、逆に言えば、脳が勝手にイメージを膨らませるほど、キャラクターとしての彼女のインパクトが大きかったということだろう。

セクシーな魅力に溢れる麻美は、物おじしない大胆な性格で、男性を利用価値という尺度ではかっているところがある。とは言え、性格が悪いというほどではなく、極限状況の中でエゴイスティックな言動に走ることもなかった。ただ、ある時を境に、“魔性の女”に変貌する…。

彼女について詳しく語る前に、『マタンゴ』について解説しよう。これは、麻実を含めた女性2人と男5人の群像劇であり、彼ら7人を乗せたヨットが航海中に遭難し、どこかの孤島に漂着したところから物語が動き出す。島を探索すると、離れた場所で大型の難破船が見つかった。船内に乗組員の姿は見当たらない。それどころか、遺体すら見つからない。船室を調べると「Matango」と書かれた木箱に、見たこともないキノコが保管されている。航海日誌には、「食べると神経をやられてしまう」と書かれていた…。

結論を言うと、そのキノコ(マタンゴ)を食べた人間は、神経に異常をきたすどころか、体がキノコに乗っ取られてしまうのだ。とはいえ、完全にキノコと化すわけではなく、歩いて移動することもできる。かくしてキノコ人間たちの恐怖が、麻美たちに迫り…。

余談であるが、変態が完了したキノコ人間の着ぐるみは、見た目がキノコに寄りすぎており、恐ろしいとは言えない。しかし、この作品の主題は怪物の恐怖ではなく、極限状況下における人間のエゴだ。人目を盗み、わずかに残された缶詰をむさぼり食う者、島で見つけた芋を自分の分だけ多く取って隠す者。彼らは次第にいがみ合い、対立を深めていくようになる。

ある時、麻実をめぐって、作家の吉田と雇われ船員の小山が争いを始める。周囲が2人を取り押さえ、騒ぎは収まるが、そこでの麻実のセリフが秀逸だ。もう1人の女性登場人物である明子に向かい、勝ち誇った態度で「ふん、みんなあたしが欲しいのさ」と言い放つ。彼女はこの後、吉田の“反乱”に加わり、その結果としてともに船から追放されてしまう。そして、しばらくして単身で戻ってきたのが、冒頭で触れた雨の中のシーンである。

この時、麻美はすでに禁断のマタンゴを口にしていた。その影響か、愛人である青年実業家、笠井の前に現れた彼女は、肌の色つやが良くなって妖艶さが増し、表情も大胆不敵なものに変わっている。情緒不安定に陥った笠井が、助けてくれとすがりつくと、彼を大量のマタンゴが自生する森へと連れて行く。自ら1つ取って口に入れ、笠井にも勧める麻美。笠井は空腹には勝てず、マタンゴにかぶりつくと、浮かんできた魅惑的な幻覚に酔いしれる…。その後の場面で、不適な笑みを浮かべてマタンゴを食べる麻美の姿は、彼女自身がまるで毒キノコでもあるかのように、異様なほど艶やかで妖しげだった。

本作を撮った本多猪四郎監督は、マタンゴに麻薬の恐怖を投影したという。麻美自身、麻薬と文字(漢字)が共通することからも明らかなように、人を破滅に追いやる麻薬の隠喩だろう。特にマタンゴを食べた後の彼女は、古くから映画や小説で描かれてきた典型的なファム・ファタール(男の運命を狂わせる女)だ。物語序盤で、女性の乗船が一般的に禁忌とされる理由について、「神様が怒るからではなく、男の船員たちを狂わせるから」という台詞があるが、笠井らの身に起こることは、そこですでに暗示されていたのだ。もう1人のヒロイン、明子は、麻美の引き立て役にすぎない。彼女は麻美とは対照的に、純真で清らかなタイプとして描かれている。

実を言うと、男たちは麻美に興味を示していたものの、本心では明子のことが気になっていた。「結局、オトコなんてみんな、清純そうな子が好きなんでしょ」というツッコミが聞こえてきそうだ。もし、そう憤慨する方がいたら、麻美はそんな男たちに対する意趣返し、と解釈することをオススメしたい。破滅する男たちの姿に、溜飲が下がることだろう。今後、リブート作品の企画が立ち上がるようなことがあれば、その手の物語にしてみるのはどうだろうか。つまり、麻美がダークヒロインとして大活躍するお話だ。麻美はマタンゴに変身し、世のあくどい男たちを懲らしめて…。おっと、いけない。また、イメージが勝手に膨らみだしたようだ。というより、これはもはや妄想か。麻美の妖しい魅力に、僕も神経がいかれてしまったのかもしれない。

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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。

【最近の私】僕がいた学生劇団が創立50周年を迎え、1期から現役である49期まで一堂に会するパーティーが開かれました。卒業以来となった仲間も含め、みんな勢揃いの様子は、まるで昔のアニメの最終回にありがちな光景。そして変な話、「これって、”もう思い残すことは・・・” 的な?」と思ってしまいました。

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改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る 

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